約 730,086 件
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/1995.html
授業 さぁーて困った事になりました。 突然の放送で困惑しながらも考え込む私。 ある意味簡単な事ですが簡単故に悩んでしまう。 いえ、私一人だけの事だったらすぐに終るでしょうが、今回は他の神姫の方々が居ますので私の独断は決める事はできません。 やはりここは話し合いをしなければ。 「サラ、アイゼン、犬子さん。ちょっと集まってくれませんか」 私の掛け声に集まってくるサラ達。 輪を作るように、というよりゲームコントローラについてる方向キーの十字キーのように集まる。 並び方的には上がアイゼン、下が私、左がサラ、右が犬子さん。 ご主人様の神姫は私含めて四人とパチモン私(シャドウの事)、合計で五人いるのでその内の私が代表で出ます。 この面子で決めないといけません。 先生役を誰がやるのかを! 「え~と、さっきの放送通りに先生役を誰がやるか、という事なんですが…どうしましょうか?」 「どうするといわれましても」 「………なんでも」 「どうしましょうか?」 やっぱりサラ達も困惑しているご様子。 アイゼンは無表情で『なんでも』と言ったのであんまり困ってないのかな? それに『なんでも』って『なんでもいい』の略? 「…あ…でも…マスターを誘惑できる…かも…」 誘惑? アイゼンのマスターって確か男性の…島田祐一さん、でしったけ。 私のご主人様より年下に見えたので高校生あたりかな。 「衣替えの時期…失敗した……次こそ…」 「次こそ女教師姿でアイゼンのマスターを誘惑するの?キャーッ!アイゼンちゃんたら大胆!!」 「……ウザッ…」 いきなりヒョッコリ、とアイゼンのバックをとりつつ天使の如くの笑みをむけるシャドウ。 ちょっと何勝手に来てるのよ! 貴女は邪魔だからクリナーレ達の所に居てよ! それにアイゼンに迷惑かけないで! あからさまに嫌がれてるよ! ていうか、ハッキリと『ウザッ』って言われたから! このKYシャドウ! 「『KYシャドウ』って言うけど、自分の事も言ってるんだよ。半分アタシなんだから♪」 「キィーーーー!!!!黙らっしゃい!」 「まあまあ、落ちついて」 「そうですよー」 シャドウに掴みかかろうとした私をサラと犬子さんが左右から掴み止める。 はっ私とした事が取り乱してしまいました。 いけない、いけない。 「そうそう、冷静になるのよ♪クールになれアンジェラス♪♪」 「その台詞は某アニメの著作権に触れそうだから言うな」 「硬いこと言いっこなし~♪」 ウザイ…本当にウザイ。 殴り飛ばしてやりたい。 そんな衝動にかられてると犬子さんが。 「とりあえず、先生役をどのように決めるかを考えましょう、なるべく公平な方法で」 「まぁ、それなら」 「……意義無し…」 犬子さんが建設的な意見を出してくれました。 正直な話、助かりますー。 というかスミマセン。 このパチモン私の所為で話しを進める事ができなくて。 サラと犬子さんが私から離れ、また最初の陣形になる。 「それで、公平な決め方とは?」 サラが犬子さんに質問すると犬子さんは困った表情になり、そして重々しく口を開いた。 「いえ、そこまではまだ考えていませんが」 「…やっぱし……」 サラの質問にあっさりと答える犬子さんに、ツッコミを入れるアイゼン。 意外とアイゼンって容赦ない? 「申し訳ありません……といいますか、何故私が謝っているのでしょう?」 律儀に謝る犬子さん、でも最後の言葉に疑問を言う。 ええぇ、それは正しい言い方だと思いますよ。 でも公平の決め方かぁ~。 実際に公平な決め方と言われてもそう簡単に出てくるものでじゃないし。 一応、この面子で話しをしてみましょう。 一方、その頃のオーナー達は。 龍悪の視点 「あいつ等、いったい何やってんだが…」 その後に『はぁ~…』と溜息をつく。 今までの一部始終を見ていてドキドキハラハラさせられてきたもんな。 オマケにシャドウも出てくるし。 でもシャドウもこの企画を楽しんでるみたいだし、殺伐みたい事はしないだろう…多分。 一時はどうなるかと思ったけど。 あ、それと。 「スマンな、島田君。シャドウの所為でアイゼンに迷惑をかけてる。謝る」 「あ、いえいえ。あの時のバトルは驚かせれましたが、今はアイゼンと仲良くやってると思います」 「…アレ、本当に仲良くしてるかな。ただたんにアイゼンにウザイと思われてるだけと思うんだが。あ、それとアイゼンが先程言ってた、『誘惑』についてだがー、何かあったのか?」 「エッ!?あ、あれはーそのー…スミマセン」 「何で謝るんだよ」 「ちょっとその話しはー…」 「あ、なんとなく解った。いいよ、言わなくて。誰にでも喋りたくない事なんてあるもんさぁ」 「そうですね」 喋り終わった後、二人で一緒に溜息を吐いたのは言うまでもない。 そして戻って神姫の方。 アンジェラスの視点 「…はぁ~なかなか決まりませんねー」 「…もう何でもいいでしょう。頭にコップを乗せて一番長く落とさなかった人の勝ち、とか」 私が言った事に相づちうちながら言うサラ。 にしても困りました。 色々な案が出ましたが、あーでもないこーでもない、と皆言ってどっちつかずになってしまい、結局の所決まってない。 『あみだくじ』『多数決』『じゃんけん』その他もろもろ…って、そんなに無いんですけどね。 でもこのままでは埒があきません。 時間も結構経ってしまったし…。 「そんなに悩んでるなら『じゃんけん』でやればいいのに♪」 再びヒョッコリ、と顔を出すシャドウ。 このお邪魔虫をまずどうにかするのが先決かな? 「まぁまぁ、そう怒りに身をまかせちゃダメよ。アタシが何故『じゃんけん』を選んだか分かる?」 「分からない」 「分かりませんね」 「………」 「申し訳ありません、判りかねます」 一斉に『分からない』コール。 アイゼンだけは顔を左右に振ってジェスチャーする。 するとシャドウが何気ないセクシーポーズの格好しながら。 「私達は何で出来ている?『身体は素体でできている』なんて答えた人には、エクスカリバーをあげる♪」 「だからそういうネタは止めなさいって、ていうか、そういうのどっから覚えてくるのよ」 「マスターのパソコンにインストールされてるエロゲーから閲覧したの♪」 「…あっそー、で結局の所何が言いたいのよ」 「私達は武装神姫。人間より細かく動作を見れるじゃない。故に誰が『後だし』したか分かる、という事よ♪」 あーなるほど、確かにそうですね。 人間の反応速度と武装神姫は違います。 神姫同士ならバトルで鍛えられた反射神経みたいのが作動して瞬時に動くはず。 これなら『じゃんけん』でも構わないかもしれませんね。 「それを言うならばシャドウさん、一つ疑問があるのですが」 「はい、そこのプリチーな犬子さん。何かな?くだらない事言ったら、もれなくアタシからR‐18の世界に連れて行くプレゼントをあげる♪」 「疑問一つ挟んだだけでそこまでリスクを負わねばならないとは、どこの圧政地区ですか」 「はい、そこでチャカさないの」 ポカっとシャドウの頭を叩く。 まったくこのシャドウはマジでどうにかなんないかな。 いっその事、何かに頭を打ち付けて死ねばいいのに。 「冗談、冗談よ♪で、何?」 「あの、私たちは今現在、このヴァーチャル世界で能力制限されていて、通常の人間と同じ程度の能力しか発揮できないはずです。当然、反応速度も」 「ん~…やっぱりくだらない質問だね。そんな犬子さんにR‐18指定世界に突入♪」 「い、いえ貴女先ほど、冗談と仰っていたはずですが」 犬子さんは、じりじりと後ずさりしながら答えた。 さすがの私も『仏の顔も三度まで』です! 「いい加減にしなさい!」 今度はグーでシャドウの右を殴り犬子さんを助ける。 というか殴り飛ばしってやった。 殴り飛ばされたシャドウは勢いよく机と椅子を巻き込みながらゴロゴロと転倒する。 これ以上犬子さんに迷惑かけるなら本気で潰すよ! 「も~、容赦ないなぁ~アタシの半身は。分かったわ、ちゃんと説明するからカッカしないで。犬子ちゃん、アタシを誰だと思う?」 殴りとばされたのにも関わらず涼しそうで平気な顔しながら起き上がるシャドウ。 やっぱり、あの程度じゃダメなのね。 「は?ええと、アンジェラスさんのシャドウだとお伺いしましたが」 「正解♪そしてアタシはこのヴァーチャル世界、基、この筐体システムを掌握してるのよ。つまり『じゃんけん』する時だけ本来の皆の反応速度を元に戻す事ぐらい造作もないって事よ」 「…チート野郎……」 「あら、可愛いアイゼンがそんな乱暴な言葉を使っちゃだめよ♪因みに女に向かって言っているから『チート野郎』じゃなくて『チートアマ』って言わないと♪♪女に対しては『アマ』だから♪♪♪」 さりげなくアイゼンが嫌味を言った。 それをどうでもいい事でシャドウが訂正する。 訂正するのは良いとして、文句言われてる事に腹立たないのかな。 まぁ常に機嫌を良くしてるみたいだからいいか。 「では、やりましょうか?」 「…やる」 サラとアイゼンはもうじゃんけんの構えをとっていた。 「最後に負けた人が先生役をそれでいいね!」 私がそう言うとサラ達が無言で頷く。 よし、準備は整った。 あとは運のみ! 「いくよー!じゃんけん!」 パーを出す チョキを出す グーを出す 銃を出せばいいんじゃないの
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2653.html
「まだ終わりませんよ。姉さん!」 光の刃が生まれたぺネトレート・烈「ぺネトレートセイバー」を携え姉さんを見据える。 痛みなんか関係ない。全力をもって姉さんと戦う 姉さんは歩みを止め、こちらを感心そうに見る。 「……ほう。まだ立ち上がれるか。そしてそれはオリジナルとみえる。そんな武装を出したぐらいで勝てるのかな」 「やってみなくてはわかりません」 私はリアパーツ、バリスティックブレイズをパージする。 もうこれは使い物にならない。ここからは真っ向からのぶつかり合い。 姉さんも大剣を正眼に構えて、迎え撃つつもりだ。 「はぁっ!」 私は姉さんの元まで疾走し、ぺネトレートセイバーを構えて右横から薙ぐ。 それはもちろん大剣で防がれる。 そうなるのはわかってた。 姉さんは私が今度は右の剣で攻撃した後は左の剣で突きに来ると思ってる。 姉妹だからわかる。断言してもいい。 だけど、それは姉さんの驕り。そしてそれは私への油断。 「こんどはそちらが……甘いです!!」 右の剣が防がれ、捌かれた勢いのまま一歩踏み込む。私は上半身を捻り右足を軸にして、回転。 左足で後ろ回し蹴りを姉さんのわき腹に放つ。 姉さんは私の予想通りに大剣は突きを備えてて、腹部は隙だらけだった。 「……くぁ!?」 直撃を腹にもらい、おもわず苦痛の声を上げる姉さん。 それでもまだ終わらない。 わき腹に当てた足を下ろし、今度は本気で左手のぺネトレートセイバーでフェンシングのように刺しにいく。 もちろん衝撃を与えたその腹部にだ。 だが、それは姉さんの左腕で真横から強く払われた。 それによって肘から先の腕周りが半分切られ、左腕はもう使えなくなったかもしれない。 ぺネトレートセイバーの鋭い切れ味を無視した捨て身の捌き。 それでお互い、間合いを空ける。 私のダメージよりか少ないが、左腕を使えなくさせた。 これで姉さんにも深い傷を与えることができた。 「……つぅ……これほどの深手を負うのは久しぶりだ。……強くなったんだな」 「私は逃げた先で大切な人に出会いました。そのおかげで姉さんたちの前に舞い戻って来れた。これが私の……いえ、私たちの強さの源です」 「……そうか、当然だな。こちらはその大切な人にはなれなかったわけだから。……“シオン”」 「わ、私の名前を……」 初めて姉さんに名前を呼ばれた。 認めてもらえて、今は敵同士なのになぜか嬉しくなってしまった。 「……全力でいくぞ」 「はい。こちらもそのつもりです!」 私と姉さん、両者身構える。 こちらはナックルから進化した双剣を。あちらは片手に大剣を持って。 姉さんは片手でも大剣を軽々と扱えることができる。ここからも油断は一切できない。 好敵手と認めてもらった。これでもう姉さんも私への驕りはないだろう。 そして、どちらからともなくピクリと動き、駆け出す。 「はぁっ!」 「……つぁっ!」 姉さんは片手上段から振り下ろし。 私はぺネトレートセイバーを交差させて、それを防ぐ。 数分は致命傷にならないような傷が全身に負うほどの斬り合いが続く。 袈裟斬り、逆袈裟、振り下ろし、振り上げ、双剣での連続の斬撃。 数え切れないほどの何度目かの斬り合いでガンッと轟かせ、剣が交りあった箇所から火花が飛び散る。 「くぅっっ!」 「……ぐぅっっ!」 同じように声を出し、二人とも歯を食い縛らせている。 こちらは両手。姉さんは片手なのに鍔迫り合いが拮抗している。 どれだけ、姉さんは馬鹿力なのか。 場違いにも私は頭の中でほとほと呆れてくる。 そして、私たち姉妹はまた同時に、鍔迫り合い状態からどちらも剣を離した。 一旦離れ、姉さんは大剣を横に倒して、そこから踏み出し思いっきり薙いでくる。 私は迎え打つ為にぺネトレートセイバーを重ね合わせ、大剣自体を真っ二つにする気で、こちらも思いっきり叩き斬る態勢で。 「……これで、終われぇぇーー!!」 「根性ォ!!!!」 鋭い剣閃の音の後、重い打撃のような鈍い音に変わった。 そのまた数瞬後。 私たちのいる頭上でヒュンヒュンと壊れたプロペラのような音が続く。 「……相打ちか」 「そうですね」 二振りの剣と赤い大きな大剣が地面に刺さった。 ぺネトレートの光刃はふっと消えてナックルに戻って落ちた。 そして、私たちはどちらからともなく倒れる。 動かない。動けない。 姉さんも私も。 もう体が…………。 ―――― 「シオン! 起きろ。目を開けろ」 僕が命令も出せず茫然と見ていて、もう10分ぐらいは経ったか。 気付いたら二人は倒れていた。 シオンはあの危機的状況から、ぺネトレートクロー・烈の力を発現させて、イスカを追い込んだ。 でも、どちらも力を使い果たしたのか、ピクリとも動かない。 「立って! シオン!」 「イスカ、立てー!」 「シオン、負けるなー!」「どちらも起きてくれー!」 見渡せばいつの間にか、周りからは熱いバトルを魅せられて、ちらほらと観客から応援の声が交っていた。 ほら、こんなにもの人たちが声を出しているんだから、聞こえているなら立ってくれ。 ……シオン! 筐体の画面を見れば起きあがる神姫の姿が。 観客からは、オオォッ! と驚きの声が上がっている。 声から察するにどちらかが起き上がったみたいだ。 それはどっちだ。どっちなんだ。 目が涙で濡れていて前がよく見えない。 クソッ。 拭っても拭っても後から出てくる。 確認しなきゃいけないのに。 「はい、ハンカチ」 「あ、どうも」 と、横から優しく声をかけられて手にハンカチを持たせてくれた。 それで目元を拭う。 「すいません。お見苦しいところを……て……、あ」 ハンカチを貸してくれた優しい声の主は宮本さんだった。 僕は突然気恥しくなった。 ハンカチは洗ってから返そうと思い、宮本さんにそう伝えようとするが。 「いいわよ、それあげる。言い方がものすごく悪いけど残念賞ってところね……あれ」 「え」 宮本さんが促した目線の先。 見えるようになった僕が筐体画面を見つめれば道の真ん中には――肩で呼吸をしているイスカが立ちあがっていた。 そして傍らの倒れているシオンはモザイク状になって消えていった。 遅れて聞こえるジャッジの機械音声。 『WINNER イスカ』 ―――― 「すいません、螢斗さん。負けてしまいました。……あはは」 「シオン……」 シオンは笑いながらもそう言った。 でもそれは仮初めの笑顔。 僕にはそれがわかってる。 「よく頑張った。シオンは頑張ったんだから。無理はしないで。……こういう時はおもいっきり泣いた方がいいよ」 シオンの頭を撫でる。 次第にシオンは俯いてきて。 「……だって私は……螢斗さんの武装……神姫なんですから……負けたぐらいで泣くわけ…………ヒック……う……うああああーーーあーーーー」 「よしよし……」 泣きじゃくって大粒の涙を流し張り裂けそうなほどの声を上げるシオン。 僕はそれを、シオンを子どもをあやすように、背中に指を優しく当て続ける。 ついでに僕も涙を流しながら。 神姫の尋常じゃない程の泣き声しか聞こえなくなったゲームセンター。 周りにいた人たちもこの空気に騒ぐ気はなくなったのか、不気味なほどの静けさが店内を包み込んでいた。 宮本さんはこの空気の中を普通に歩きだし、自分のついていたブースのアクセスポッドから、イスカを連れ出して持ってきた。 「ほら、イスカ」 「…………」 宮本さんは涙をこぼしているシオンの前にイスカを置く。 バイザーを外した真っ赤な瞳をさらけ出したイスカだ。 それでも無表情のままのイスカ。 「シオン、こっちも」 「グス……はい……」 シオンはなんとか目から溢れ出る涙を留まらせ、手の甲ですべて拭ってから、イスカの前へ歩み出る。 そして見つめ合うシオンとイスカ。 「……ん」 突然、イスカはぶっきらぼうに音だけの声を出し右腕を動かした。 それは不器用そうに右手を軽く開きシオンに差し出している。 これは握手でいいんだよね? 僕はそう思った。しかし、それを見たシオンは。 「ウゥ……お姉ぇちゃ~~ん……うわぁああああああああ!」 「……おい、ちょっと!?」 感極まったシオンは引っ込ませた涙腺をまたもや崩壊させて、握手のポーズを無視し、イスカの胸に抱きつき号泣をする。 それで、イスカは無表情な顔を見たことも無いほど驚き戸惑った顔に変化させた。 抱きつかれ固まっていたイスカだが、やがてシオンの頭に手をやった。 「……ふ、まったく、泣き虫な妹め」 「ぁああああああああ……お姉ちゃん、お姉ちゃーん!」 毒づきながらも、シオンは姉らしい穏やかな笑みを浮かべて、シオンを抱きしめ返した。 両腕で優しく。 バトルは勝てはしなかったけど、イスカのあの笑顔を見てたら、姉妹でいがみ合う事はもうないなと僕は思えた。 こうして永遠とも思われた、戦えない、いや戦えなかった武装神姫シオンの。 家族の絆を取り戻す戦いは終わったんだ。 長かった全てが終わった。 前へ 最後へ
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/1446.html
アンジェラスの愛を受け入れる。 こうなってしまったのもの俺の所為だ。 アンジェラスにとってこの罪とは愛情表現だ。 だから俺はこの罪を受け入れる。 「俺は愛してるよ、アンジェラス」 「ご主人様!」 アンジェラスの奴は俺の顔に飛びつきキスしてくる。 しかも狂ったかのように。 ちゅううっ…れろっ…くちゅくちゅくちゅっ…… 「…んふ…ん…じゅる………!」 「……んぅ………」 激しく唇同士ぶつけるアンジェラスと俺。 でも人間の俺に武装神姫のアンジェラス。 身長差が違うし唇の大きさも違う。 それでもアンジェラスは一所懸命にキスしてくる。 いや、キスというよりディープキスだ。 「ご主人様は私のモノ。この世の中でたった一人の…」 「………アンジェラス…」 「たった一人の愛しい人。殺したい程に…」 言い切り終わるとまたキスしてきた。 もう俺はアンジェラスに身体を預けていたので何されようがどうでもよかった。 そして明日から新しい生活が始まるのだ。 アンジェラスと俺だけの生活が…。 …。 ……。 ………。 「おい、ルーナ」 「あ、どうでしたダーリン?あたしの小説は??」 俺は神姫用のスケッチブックを机に置く。 そして一言。 「ボツ!」 「酷~~~~い!!!!」 俺の返事に困惑するルーナ。 どうやら期待していたみたいだ。 でも残念だったな。 結果はボツだぜ。 「ヤンデレなのはいいんだけど、なんで俺達がキャラなんだよ?」 「だって扱いやすいでしたんだもの」 「肖像権侵害で訴えてやろうか?」 「そんなぁ~…」 今度は泣きそうな顔をしながら俺に迫ってくる。 その時だ、ルーナの巨乳がブルンと動いたのは。 もう溜まりません。 性欲を持て余す。 「特盛り!」 「はい?」 「あぁーいや、何でもないよ!気にすんな!!」 「変なダーリン?じゃあ今度はオリジナルキャラクターで書けば大丈夫ですね」 「ん~まぁ、多少良くなるんじゃないのか」 「ではすぐに書きます!楽しみに待っていてくださいね、ダーリン♪」 「…おう」 できれば、書いて欲しくないがそんな事は…言えないよなぁ。 ルーナの心底悲しむ顔なんか見たくないしな。 でもなんでいきなり小説なんか書こうとしんたんだろう? 動機がさっぱり解からん。 まぁいいや。 俺はパソコンに向かいヤンデレが出てくるエロゲーを起動する。 えぇーと、確か三日前のセーブデータは…あれ? なんか知らないセーブデータがあるぞ。 試しにそのセーブデータをロードしてやってみた。 するとゲームはすぐに終わって画面はスタッフエンドロールになってしまった。 ちょっ!? もう終わっちまったぞ! 俺はここまでゲームを進めた覚えはないし…。 ん~! ちょっとまて、パソコン、ヤンデレ系のヒロインが出てくるエロゲー、そしてルーナが書くヤンデレ系の小説…。 あぁ~そいう事か。 ようやく解かったよ。 「ル~ナ~」 「な、なにダーリン?変な呼び方なんかしちゃって」 「五月蝿い!テメェ、また俺のエロゲーをやったろ!」 「ゲッ!?バレてしまいましたわ」 「『ゲッ』じゃねぇー!つーかぁ、毎回毎回俺のアカウントによく入れるよな。一周間ごとにパスワードを変えているんだぞ」 「ダーリンのパスワードなんてお茶の子さいさいですわ!」 「威張るな!今日という今日は許さん!!擽りの刑に処す!!!」 「キャハハハハーーーー!!!!ゆるじでーーーー!!!!」 俺の部屋でルーナの叫び声が響く。 その叫び声を聞きやって来たアンジェラス達。 そして俺とルーナが戯れている姿を見てクスクスと笑われたのは言うまでもない。
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2009.html
第壱話 キーンコーンカーンコーン×2 国立学校法人・東都大学の構内に午前の講義が終わった事を知らせるチャイムがなる。 「はい、それじゃあ来月までにレポートの方を提出してください。テーマは「冊封体制と列強帝国主義の比較」です。これを出さなきゃ単位はあげません、よって進級できません」 中年の教授が課題を説明して文学部史学科東洋史専攻の午前の講義は終わった。 「さてと、今日の講義はもう無いし、これからどうしようか」 「いよぅ、同志よ。今はお暇かい?」 帰り支度をしながら考え事をしていた優一は声をかけられた。 今時風にまとめ上げた髪型に雑誌から丸々取ってきたようなファッション、顔つきはジャニーズ事務所に今からでもオーディションにでも行けそうな・・・、いわゆる「イケメン」である。しかし、その人物の本性を知っている優一からしてみればこれでやっとプラスマイナスがゼロになる。 「何だ拓真、言っておくが美少女フィギュアは買わないからな」 優一はそのイケメン、御堂 拓真に否定的な返事をした。実は彼、いわゆるアキバ系だ。 「おいおい優一、オタクに「フィギュアを買うな」は死活問題だぞ。どうせ暇ならサークルに来ないか?姉貴や由佳里ちゃんも来るってよ」 「ふむぅ、それじゃあご一緒させてもらおうかな。それとレッドもいるのか?」 「ったぼーよ、かく言うお前もアカツキちゃんはいつも一緒だろう?」 「私とマスターはいつも一心同体です!」 「それを言うなら以心伝心だろ」 カバンの中から出てきたアカツキに優一は的確なツッコミを入れた。 「おーやっぱりいたか。こんにちはアカツキちゃん。それとどっちもハズレだぞ」 「ハーイアカツキ、ご機嫌いかがかしら」 拓真の上着の胸ポケットから彼の神姫、騎士型のモルドレッドが出てきた。 「拓真さん、レッドちゃんこんにちは。話は聞かせてもらいました。すると、無頼さんもメリッサちゃんもいるんですね」 「そう言うことだ。ささ、行こうぜ」 「はい」 ―十分後・サークル棟内部・神姫同好会部室― 東都大学は他の大学の類に漏れず武装神姫のサークルがある。優一と拓真が所属している「神姫同好会」もその一つだが、初戦は同好会で、活動費用は全員で負担している。 「姉貴ー、クロ連れてきたぞ」 「ご苦労だったな我が弟よ」 部室の一番奥のいすに座った女性が拓真からの報告を受ける。パッチリとした切れ長の二重まぶたにすっきりとした目鼻立ち、髪の毛は焦げ茶のロングヘアーで何も飾り付けはしていないが、よく手入れされている印象を受ける。早い話が「べっぴんさん」だ。彼女の名は御堂 春香(みどう はるか)、拓真の姉であり、この同好会の会長も務めている。 「こんちわっす春香さん。由佳里はまだみたいですね」 「ああ、ゼミで少し遅くなると連絡を受けた所だ。どうせヒマだし、一戦どうだ?無頼もかまわないだろう」 「拙者は主殿の命に従うまでのこと、拒否はせぬ」 傍らに座していた春香の神姫・侍型の無頼も乗り気のようだ。 「ここで引き下がるのは俺の筋に反しますし、良いでしょう。受けて立ちますよ。行くぞアカツキ」 「はい」 実を言うとアカツキは無頼とあまり戦ったことが無く、しかも少ない試合の中で全て負けている。それも無頼本来の戦法が使われたのは一度もない。 「今回ばかりは拙者も本気で征かせてもらうぞ、アカツキ殿もそれでよかろう」 「こちらこそ、全力で征くよ」 今回のバトルフィールドは「円形闘技場」、ローマにあるコロッセオをモチーフにした最もシンプルかつ最も腕が現れるステージである。 アカツキと無頼は既に初期配置に着いている。 今回アカツキはリアウィングを装備していない。その代わりにヴァッフェバニーのバックパックをスラスターとして背中に、アークの後輪を両足に取り付けてランドスピナーとしている。左腕にはシールドではなく、どこぞの戦闘装甲騎からぶんどってきたスタントンファーを装備しており、右手にはビームサブマシンガン持っている。それ以外はいつもと同じだ。 対する無頼は胴と胸、腰回りは紅緒のデフォルト装備だが、左肩に装備されたシールドにはデカデカと「無頼」の文字がペイントされている。手には黒光りする太刀が握られており、左腕には刀の操作に支障が無いよう速射砲を装備している。対抗するつもりかどうかは知らないが、アカツキと同様にランドスピナーを装備している。 「今回は制動刀か・・・、アカツキ、間合いをよく考えて行くんだ」 「わかりました。無頼さん、行きます!」 「先手は譲ろう。いつでも来い!」 天使と武者、紅白が今、ぶつかろうとしていた。 第弐話へ とっぷへ
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2144.html
ウサギのナミダ ACT 1-23 □ 「雪華さんとの対戦、受けてください……お願いします」 「なぜだ? 今俺たちがバトルしたって……ろくなことにはならないぞ」 「だって、こんなチャンスは滅多にないじゃないですか……秋葉原のチャンピオンと戦うなんて」 そういうおまえは、なんで今にも泣き出しそうな顔してるんだ? なんでそんなに必死そうなんだよ。 「お願いします、マスター……お願いします……」 何度も俺に頭を下げて頼み込むティア。 ティアが相手とのバトルを望むなんて、滅多にないことだ。 だからこそ、理由が分からない。 なんでそんなに雪華と戦いたがる? 東東京地区代表という肩書きが、ティアにとってそんなに魅力的だとは思えないのだが。 「……走れるのか?」 「はい」 結局、折れるのは俺の方だった。 肩をすくめ、ため息をつく。 ティアがそういうのならば仕方がない。 まだもめている、三人の客分の一人に、俺は声をかけた。 「……クイーン」 「なんでしょう」 「俺たちは……知っての通り、ティアの出自のことで、世間からも白眼視されているような状況だ。 ……そんな俺たちとでも、戦えるのか?」 そう。俺たちと戦うだけでも、彼らに迷惑がかかる可能性がある。 それを考えれば、すでに全国大会の代表を決めている神姫と、気安くバトルをすることなどできない。 取材されて、俺たちと対戦したことを白日の下にさらすなどもってのほかだ。 俺はそう思っていた。 だが。 「彼女の出自とバトルに、何の関係があるというのです?」 雪華は即答した。 彼女は噂や風聞で神姫を評価していない。ただ、バトルあるのみ。その姿勢こそが雪華の強さなのか。 「……わかった。対戦を受けよう」 俺の言葉に、ギャラリーがざわめく。 高村と三枝さんも、驚いたように俺を見た。 「ただし、条件がある。 そっちの事情があるにせよ、やはりマスコミの取材は受け入れられない。そこで……」 俺はこんな条件を提示した。 まず、この対戦について、一切記事にしないこと。俺とティアに対するインタビューはもちろん拒否だ。 ただ、何もなしでは三枝さんが困るだろうから、バトルの記録は許可。 また、高村たちへのインタビューなどは俺に拒否する権利がないので、記事にしない限り好きにしてもらえればいい。 妥協案ではあるが、三枝さんとクイーンの両方に面目が立つだろう。 それから、バトルのフィールドは俺が指定する。もちろん廃墟ステージだ。 「この条件が飲めるなら、対戦してもいい」 「わかりました。すべてあなたの指定通りに」 雪華の即答に、三枝さんと高村が泡を食った。 「ちょっと、雪華、相談もなし!?」 「何か不都合でも? 完全拒否よりも十分な譲歩案だと思いますが」 「でも、記事にできないっていうのは……」 「彼らはそれが困ると言っているのです。 それに、記事にするだけなら、先ほどの『エトランゼ』とのバトルで十分でしょう」 むむむ、と唸って、三枝さんは渋々承諾した。 一方の高村は、その様子を見て、先ほどの落ち着いた笑みを取り戻している。 すると、今度はギャラリーの方から声が上がった。 「おい、黒兎! クイーンとのバトルにステージの指定をするなんて、失礼だと思わないのかっ!? しかも、廃墟ステージなんて、黒兎得意のステージじゃないか! 卑怯だろ! そうまでして勝ちたいのかよっ!?」 声は、『ブラッディ・ワイバーン』のマスターのものだった。 最近、奴は何かと俺に突っかかってくる。何が気に入らないというのだろう。 ギャラリーも大半が、ワイバーンのマスターの意見に賛同して、俺にブーイングを送ってくる。 だが、何も分かっていないのは連中の方だ。 クイーンとそのマスターの意図を理解していれば、そんなことは言わない。 「……廃墟ステージの指定に、何か依存は?」 「ありませんよ? というか、僕たちの方から廃墟ステージでのバトルを提案するつもりでしたから」 笑顔の高村の言葉に、俺は頷く。ワイバーンのマスターは顔を引きつらせた。 高村たちは、ティアが廃墟や都市ステージでないとパフォーマンスを発揮できないことを知っている。 唯一無二の戦い方をする神姫とのバトルこそが望みなのだ。 そのパフォーマンスを遺憾なく発揮できるステージでなければ、彼らにとっても意味はない。 俺のステージ指定に反対するはずがないのだ。 高村の一言に、ギャラリーたちは口を噤まざるを得なかった。 俺の後ろでくすくすと笑っているのは、ミスティだろうか。 「これでいいでしょう。『ハイスピードバニー』のバトル、しかと見せてもらいます」 芝居がかった口調で、クイーンの雪華は俺とティアに言った。 「わたしも、負けません……!」 静かに言ったティアの言葉に、俺は驚きを隠せない。 かつて、これほどに闘志を燃やしているティアを見たことがない。 ティアの心境にどういう変化が起こっているのか。 ティアの台詞に、雪華は不敵な笑みを浮かべていた。 俺と高村は、バトルロンドの筐体を挟んで着席した。 ギャラリーから歓声が上がる。 そのほとんどが、クイーンへの声援だ。 やれやれ。これじゃあ、どちらがホームでどちらがアウェーかわからない。 今日の俺たちは完璧に悪役だった。 ならば、それでもかまわない。とことん悪役を演じてやろうじゃないか。 俺はバトルロンドの筐体に武装をセットアップしていく。 ティアをモニターするモバイルPCも開いた。 指示用のワイヤレスヘッドセットを耳に装着する。 久しぶりだった。この緊張感、久しく忘れていた。 準備をする俺の後ろに、ギャラリーが立った。 久住さんと大城、それから四人の女の子たち。 「いいのか? 俺の後ろで」 俺が言うと、みんながみんな頷いていた。 「言ったろ。俺たちはお前の味方だ」 「わたしはあなたの側につくって宣言しちゃったし」 久住さんに至っては、肩をすくめながらそんなことを言うので、俺はびっくりしてしまった。 四人のライトアーマーのオーナーたちは、久住さんの味方らしい。 味方がいてくれるのはありがたいことだ。 久住さんが、不意に険しい表情になって、俺に囁いた。 「気をつけて……クイーンは並の武装神姫じゃないわ」 「……そりゃあ、仮にも全国大会選手なんだから……」 俺の言葉に、久住さんが首を振った。 「もうなんて言ったらいいのか……次元が違うの」 俺は怪訝な顔をしたと思う。 久住さんの言葉は要領を得ていない。 彼女にしては歯切れの悪い答えだった。 ミスティが続ける。 「そうね……わたしたちの得意の距離に踏み込んで、真っ向勝負で、逃げなくて、こっちはあらゆる手を尽くして……それであしらわれた、って言ったら分かる?」 「……は?」 にわかには信じがたい。 身内びいきを差し引いても、ミスティは全国大会レベルの選手と互角に戦えるだけの実力がある。 アーンヴァルの飛行能力で、徹底的にミスティの弱点を突いたならともかく、ガチンコ勝負であしらうなどとは、想像もつかない。 だが、久住さんとミスティはまったく真剣な顔をしていたし、大城も虎実も頷いている。女の子たちも真面目な顔で、冗談にしてくれそうな雰囲気ではなかった。 俺も、海藤の家で、雪華のバトルは見た。 あのときの手並みも鮮やかだった。 しかし、あのバトルはアーンヴァル同士の空中戦だったから、参考にならない。 俺は戦慄する。 もしかして、とんでもない化け物を相手にするのではないのか? 「ごめんなさい。参考になるようなこと、言えなくて……」 「気にすることないよ。とんでもない相手だってことがわかっただけでも十分さ」 悔しそうな顔をした久住さんに、俺は笑いかけた。 すると、久住さんはちょっと驚いた。 「……なにか、あった?」 「なんで?」 「先週みたいに思い詰めてなくて、なんだか……ふっきれたみたい」 「ああ」 彼女はまだ知らないのかもしれない。今日の朝の報道を。 久住さんがきっかけを作ってくれたおかげで、今俺はこうして笑えている。 「だとしたら、久住さんのおかげだ」 俺が言うと、久住さんは驚いた顔をしたあと、視線をそらしてうつむいた。 ……何か悪いことを言っただろうか。 彼女の肩で、ミスティがほくそ笑んでいるのが見えた。 俺は不可解な思いに捕らわれながらも、筐体の向こうを見た。 高村が準備をすませ、こちらを見ている。 「相談は終わりましたか?」 俺はティアを見た。 「ティア、いけるか?」 「はい。大丈夫です」 ティアの返事はいつもよりもしっかりとしていて、緊張していた。 このティアの心境が、バトルにどんな影響を及ぼすだろうか? それが少し心配ではあったが。 俺は高村に告げる。 「準備OKだ。……始めよう」 「それでは」 双方のアクセスポッドが閉じて、筐体と神姫がリンクする。 スタートボタンを押す。 ファンファーレと共にディスプレイにフィールドが表示され、対戦者の名前が重なる。 『雪華 VS ティア』 バトルスタートだ。 ■ 廃墟を吹き抜ける砂塵。 いつものフィールド。得意のフィールド。 わたしはメインストリートを巡航速度で走る。 久しぶりのバトルロンドは懐かしい感じがする。 再びここに戻ってこられるとは思ってもいなかった。 今日の相手はとびきりの対戦者。 このバトルは、わたしにとっては大きな、そして唯一のチャンスだった。 だから、マスターに無理を言ってまで、対戦を受けてもらった。 わたしは、今日の対戦者に感謝しなくてはならない。 わたしを助けてくれたこと。そのときはバッテリーが切れていたので、覚えてないけれど……。 そして、わたしと対戦してくれること。 風が巻いた。 わたしの頭上を、高速で何かが駆け抜けていく。 攻撃を警戒していたけれど、ただ追い越していった。 そして、上空で優美にターンすると、わたしと向かい合う位置で、空中で静止した。 わたしは、武装した相手の姿を見て、声を失う。 美しい。 そして、圧倒的な存在感。 基本の武装はアーンヴァル・トランシェ2だけれど、細かいところが異なっている。 羽は鳥を思わせる形状の機械の羽。 捧げ持つ武器は、長大な黄金の錫杖。 気流に舞い上がる銀髪が大きく広がっている。 まるで光の粒子をまとっているかのよう。 その姿は、まさに天使。 いまならわかる。 彼女がなぜ『アーンヴァル・クイーン』と呼ばれるのか。 その堂々たる姿は、まさしく天使の女王と呼ぶにふさわしかった。 それに比べればわたしなんて、地を飛び跳ねる小さな兎に過ぎない。 「待ちこがれていました。貴女との対戦を」 白き鷹のごとき神姫は、子兎のようなわたしにそう言った。 「……なぜですか。なぜ、わたしと、なんですか」 「貴女の独自の装備と技を、身を持って感じたいからです」 それだけ? たったそれだけのために、わざわざ遠くまでやってきて、わたしと戦いたいというの? 全国大会も制覇しようという武装神姫が? わたしにはわからない。 雪華さんにとっては、それほどの価値があるようだけど、わたしはそうは思わない。 わたしなんかと戦って得るものがあるなどとは到底思えなかった。 けれど、このバトルは、わたしにとってはチャンスだった。 そう思って、自分を奮い立たせる。 わたしは小さな兎なのだとしても。 戦ってみせる。……そして勝つ。 「ならば……真剣勝負です、雪華さん!」 「望むところです、ティア!」 雪華さんとわたしの、戦いの輪舞がはじまった。 次へ> トップページに戻る
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/445.html
前へ 先頭ページへ 人、人間、ヒューマン。 今現在、地球の食物連鎖の頂点に君臨する種族たるそれは、地球に存在するあらゆる獣に劣る。 犬に噛まれて、最悪死ぬ。 道に落ちているものを食べて、最悪死ぬ。 熱かったり寒かったりで、最悪死ぬ。 身体能力、免疫能力、適応能力etcで動物以下の能力しかもたないそれらが、唯一獣に勝る物、それは頭脳。 人は思考する。 人間は想像する。 ヒューマンは予想する。 犬に噛まれない為に、その習性を理解して手なずける。 道に落ちているものが安全かどうか、知識を持つ。 熱かったら身体を冷却し、寒ければ防寒具を身につける。 本能の命じるままに動く野性を抑え。 頭を働かせる理性を伸ばす。 それが人の人たる由縁であり、最大の武器でもある。 しかし、それはあまりに複雑だ。 人は理性と共に高度な自我を持った。 それは一つとして同じ物は無く、それを完璧に予測するのは困難を極める。 どんなに技術が進歩しても、それを意のままに操る事は出来ない。 それを心の底から痛感している人間―――恵太郎が、ここにいる。 狭いアパートの4分の1を占めるベッドの上に力なく寝そべりながら、その日何度目か解らない疑問を口にする 「何でこうなるんだろうなぁ」 悩む事は無駄ではない。 試行錯誤の果てに正解を見つける、この試行錯誤こそが重要ではないだろうか。 その過程で人の自我は成長していくのではないだろうか。 もっとも、正解を既に見つけているにも関わらず苦悩するということを現実逃避とも言うのだが。 恵太郎の心を掴んで離さない人物、それは他ならぬアリカだ。 だからといって、それは恋のような甘酸っぱいものではなく、どちらかといえば苦いものだ。 アリカは先日のリアルバトルからというもの、恵太郎を師匠と仰ぎ付き纏うようになったのだ。 その原因の8割程は恵太郎自身にあると言えるだろう。 だが、これだけでは恵太郎が苦悩する理由にはならない。 恵太郎が苦悩する理由、それはアリカがかつての自分と被って見えてしまうからだ。 アリカが本当に鬱陶しいのなら、冷たく突き放すという選択肢もある。 しかし、恵太郎にはそれは出来ない。 何故なら、アリカと恵太郎は全く同じ境遇にいるからだ。 もしもアリカを冷たく突き放す、という事を恵太郎がやられた場合。 恵太郎は立ち直れない自信があった。 だから、恵太郎の執る選択肢はアリカを極力避けるという無気力なものだった。 しかし、運命の悪戯というものは、かくも皮肉なものなのだろうか。 恵太郎や佐伯姉弟が通う大学、その門を潜り抜けながら恵太郎は深く溜息をついた。 「何でこうなるんだろうなぁ」 そして、その日何度目か解らない疑問を口にした。 もっとも今までと違う点を挙げるとすれば、その疑問の中心人物がすぐ脇にいる事だが。 「弟子たるもの、何時如何なる時でも師匠に付き添うのがキホンってものです!」 恵太郎の脇でご機嫌な様子で元気に喋るのはアリカだ。 その肩の上ではアリカの武装神姫たるトロンベが困惑半分、興味半分といった様子で静かに座っている。 恵太郎はそれを尻目に、その身に降りかかった不幸を嘆いている。 一体何処の誰がアパートの前でアリカを鉢合わせる事になると想像できようか。 「それにしても、大きな大学ですねー」 そんな事とは露知らず、アリカは周囲を見回しながら感嘆している。 確かに、その大学は大規模な工場を備えているのでその分大きい。 だが、そこまで驚く物ではないのではないかと、恵太郎は内心呟いた。 「あんまりキョロキョロするなよ」 恵太郎は周囲を探るように言った。 どちらかといえば、周囲の視線を測るようにだ。 その理由は単純明快。 アリカが人の目を集めているからだ。 ここは大学であって、遊園地ではない。 アリカのような少女がいる場所ではないのだ。 人数まばらな日曜とはいえ、アリカはそれなりに奇異の視線を集めている。 それが恵太郎の頭痛の種となっているのだ。 恵太郎は、それを振り払おうとするように歩く速度を上げた。 「っと、師匠待ってくださいよ~」 それはアリカにしては速すぎたようで、早足で恵太郎を追いかけた。 空は雲ひとつ無い快晴である。 だが、恵太郎はそれに気付くほどの余裕をまだ持ち合わせていなかった。 重厚な扉の上に掲げられたプレートには『多目的研究室』と書かれていた。 その下には張り紙で『第13班』とも書かれていた。 「師匠、今日は大学で何をするんですか? 今日日曜ですよね?」 「それは全員そろってから説明する」 アリカは小首を傾げつつ、恵太郎に問いかけたが一瞥されただけで満足の行く回答は帰って来なかった。 それに不満を感じたのかアリカは少し膨れているが、恵太郎はそれに触れる事無く扉を開け中に入っていった。 恵太郎の後に続き、部屋に入るアリカ。 その部屋は白い壁に3方を囲まれ、1方はガラス張りの壁だった。 壁際には様々な器材が所狭しと置かれており、部屋の中央にあるテーブルの上では資料と思しきものが山を作っている。 「アリカ、お前を紹介するからちょっと来い」 アリカはそれらを物珍しそうに見てたが、恵太郎の声にそれを中断した。 「コイツがあのアリカです……ほれ、挨拶」 「あ、あの、はじめまして。アタシは水野アリカって言います」 アリカは恵太郎に促されて挨拶したが、緊張しているのか、その身体は強張っていた。 「初めまして、トロンベと申します」 それと対照的にトロンベは落ち着いて挨拶した。 だが、良く見ると身体が小刻みに震えている。 「この人が佐伯 裕也先輩」 恵太郎は裕也を指して短く紹介した。 「おう、よろしくな、譲ちゃん達!」 それに気を悪くする事無く、豪快に挨拶をする裕也。 「にゃーは蒼蓮華なのだー、よろしくなのだー!」 その肩の上で元気一杯に挨拶する蒼蓮華。 「この人が佐伯 裕子先輩。裕也先輩の双子の姉に当たる」 「よろしくね、アリカちゃん、トロンベちゃん」 春の日差しを思わせるのほほんとした口調で裕子は挨拶を交わした。 「初めまして、私はアル・ヴェル。今後ともよろしく」 ポニーテールにしたアーンヴァル型のアル・ヴェルが挨拶をする。 「そういや、茜は来てるんですか?」 一通り紹介が住んだのを見計らって恵太郎は口を開いた。 「ああ、奥の部屋で武装のメンテをしてるぞ」 裕也は指でガラス張りの壁を指差しながら応えた。 「それと、孝也も来てるぞ」 最後に一言付け加えたが、その言葉に恵太郎は顔を顰めた。 「アイツも来てるんですか…」 「我が主をアイツ呼ばわりとは、恵太郎殿はまことに我が主に厳しいで御座るな」 何時の間にやら恵太郎の肩の上で腕を組んでいた忍者型の神姫が口を開く。 「確かに多少問題はあれど、あれはあれなりに良いところがありまするぞ」 「ああ、解ったから降りてくれ、トリス」 トリスと呼ばれた神姫は、恵太郎の言葉を聞き入れ、テーブルの上へと移動した。 「アリカ殿、トロンベ殿。お初にお目にかかる。拙者、忍者型神姫のトリスと申す。以後お見知りおきを」 そして、アリカとトロンベに向かい丁寧に挨拶した。 アリカはそれに軽く返礼すると恵太郎へ向かい問い掛けた。 「師匠、茜って?」 「ちょっとした事で知り合った女の子なんだけど、凄い技術を持っていたからスカウトしたの。それと、コーヒーしか無いけど良いかしら?」 アリカの質問に裕子が代わりに応えた。 それと同時にインスタントのコーヒーを差し出した。 「あ、ありがとうございます」 アリカはコーヒーを受け取り、ガラス張りの壁に視線を送る。 その奥の部屋はこの部屋と違い黒い壁、というよりコンクリートむき出しの部屋で、機械的な装置が多数設置されており、床には大小無数のコードが這っており、天井にはダクトやケーブルが縦横無尽に奔っている。 そこでは白衣を着た二人の人間がなにやら作業をしているのが見受けられた。 それと同時に、アリカは言いようの無い不思議な感覚に襲われた。 「……まさか、ね」 アリカはそれを振り払うように首を振った。 「ご主人様、どうかしましたか?」 主の変化を機敏に察知したトロンベがアリカに声をかけた。 「ううん、何でもないの。ありがとう、心配してくれて」 それに人差し指で頭を撫でながら事によって応えるアリカ。 トロンベは心地良さそうに目を閉じるだけだ。 「茜ちゃん、孝也君、皆揃ったわ」 テーブルの上に置かれたマイクに喋りかけるアリカ。 それはスピーカーを通じて奥の部屋へと呼びかけられた。 「解りました~、今行きます」 確かに少女の、ただ若干機械的な響きを伴った声が恵太郎達の部屋に響いた。 少し遅れてガラスの壁が天井へと向かいスライドした。 それが完全に天井の中へと収納されるのを確認した人物が恵太郎達の元に走りよりつつ口を開いた。 「けーくん、会えて嬉し…アダッ!」 恵太郎は走り寄ってきた人物に容赦のない蹴りを叩き込んだ。 「寄るな、鬱陶しい」 腹部を蹴られたその人物は地面をのた打ち回っている。 「…師匠、誰ですかコイツ」 アリカはそれをやや離れた位置から見下している。 「ああ、君がけーくんの弟子のアリカちゃんだね! ボクは高野 孝也、けーくんの親友だよ」 「誰が親友だ、誰が」 いつのまにか立ち直った孝也は、恵太郎から冷たい視線を浴びせられた。 「なーんかオタク臭いわね…」 「あはは、手厳しいね」 アリカは孝也の白衣に眼鏡という出で立ちを見て、正直な感想を漏らした。 しかし、それに対して孝也は困ったように笑うだけだ。 その様子を傍観していた恵太郎だが、ふと思い出したように口を開いた。 「…アリカの事、お前に話してたか?」 言いながら佐伯姉弟の方も一瞥した。 「それなら、私が話しときました」 今まで黙っていた、もう一人の白衣の少女が口を開いた。 眼鏡に白衣と、孝也と同じ服装だが、こちらは様になっていてどっからどう見ても研究者だ。 「アリカの事なら私が一番知っていると思いましたから」 にこやかに言い放つ少女。 それをワナワナとしながら見ていたアリカは口を開いた 「何でアンタがココにいるのよ!?」 その叫び声は、四つ隣の研究室まで聞こえたという。 世界は広いようで狭い。 芸能人が近場に住んでいたり、学校の友人が実は親戚だったり。 幼馴染と10年ぶりに再会したり、街中で親とすれ違ったり。 人と人との縁というのは、本当に摩訶不思議な物だと思う。 それでも、こんな縁は御免だ。 アタシの目の前では茜が師匠達と和やかに談笑している。 それは永年連れ添った中間達、といった様子でアタシのような新参者が入り込むことすらおこがましく感じる。 「マスター、そろそろ今回の目的を話されては?」 今まで他の神姫とテーブルの上で談笑していた師匠の神姫、ナルちゃんが口を開いた。 「ああ、そうだったな。……実は先輩達に頼みたい事がありましてね」 師匠は周囲をぐるりと見回しながら言った。 その中に、アタシが少しでも入っていれば良いのに。 「なんだ、恵太郎が頼みとは珍しいな」 「ボクに出来る事だったら何でもやるよ、けーくん」 裕也先輩と高野が快く快諾している。 声には出していないけれども、裕子先輩や茜の表情からは悪い感情は感じられない。 「単刀直入に言うと、ナルの装備が壊れました。よって、その修復を手伝って貰いたい訳です」 「ああ、アリカが壊したアレですね」 茜がアタシの方を見ながら言った。 今気付いたが、ここでの茜はちゃんと人の目を見て話している。 それに学校で話すときと随分感じが違う。 この感じは、茜の家に遊びに言った時と同じだと思う。 つまり、ここにいる人たちにそれほど心を許していると言う事なのだろうか。 「私達で良ければ幾らでも力になるわ」 「ありがとうございます、先輩」 どうやら話が纏まったようだ。 師匠が懐からだしたメモリーカードを差し出して、色々と話し込んでいるのが聞こえる。 その中にはアタシが聞いた事の無い単語が飛び交うので、師匠たちが大学生なのだと実感する。 そして、それに茜が混ざっているのに違和感は感じられない。 アタシはそれに加わる事無く、ただ傍観に徹するのみ。 残り少なくなったコーヒーを口に含みつつ、視線を泳がす。 「そうだけーくん、アリカちゃんに大学紹介してあげたら?」 その言葉に身体が反応する。 「そうですよ先輩、ここは私達に任せてどうぞごゆっくり」 「いやマスターの俺がいないと色々問題が…」 「気にすんな恵太郎! ちゃんと改造しといてやるから!」 「何ですか改造って。俺はただナルの装備を修復しにきただけですから…」 「恵太郎君、年上の言う事は聞くものよ?」 師匠は思いっきり抵抗していたが、裕子先輩に言われると黙ってしまった。 ……これはチャンス? 「解りました。後は任せますけど、おかしな事はしないで下さいね?」 師匠は念を押すように、低い声で言う。 それと同時にアタシの方を見てから、指で扉を指した。 外に行くという合図だろう。 アタシはコーヒーをテーブルの上に置いて師匠に歩み寄った。 「そうだ、アリカ。トロンベちゃんもメンテしとくわ」 途中で茜に呼び止められたので、渋々トロンベを手渡した。 その間際、トロンベがどうする~アイ○ル~的な視線を送ってきたので、頭を優しく撫でてあげた。 「大丈夫、直ぐに戻ってくるから、ね?」 「…はい! ご主人様」 元気に応えるトロンベを確認して、師匠の元へと向かう。 師匠は既に廊下に出ており、扉の隙間から雲ひとつ無い快晴が見えた。 「さて、これで邪魔者はいなくなりましたね」 恵太郎とアリカが出て行ったのを見計らい、茜が口を開いた。 かけた眼鏡のレンズが反射して、その眼を窺い知る事は出来ない。 「じゃあ、とっとと作業始めようか!」 裕也がやたら元気に音頭を取る。 「…ただ直すだけというのも芸が無いでござる」 その時、孝也の頭上から声がした。 トリスは腕を組み、足を揃えて静かに続ける。 「ナル殿の刃鋼と銃鋼は確かに高性能でござる。しかし、あの御寮人にはもう物足り無いのでは御座らんか?」 「そうえば恵太郎君、ナルちゃんの装備をあれにしてからもう一年経つのね」 「そうだな、そろそろ強化の頃合かもな、姉貴」 トリスの言葉に佐伯姉弟も同意しているようだ。 それを確認し、満足そうに頷くトリス。 「そうであろう、そうであろう。今のナル殿に必要なのは機動力と火力の両立、そして隙の無い間合いだと拙者は思う」 「けど、けーくんのいない間に勝手に弄っちゃまずいんじゃ…」 乗り気ではない孝也に対し、茜はノリノリだ。 「…そういえば新型の荷電粒子砲を開発したって、四班の人たちが言ってましたねぇ。それに六班は燃料電池の小型化に成功したとも聞きましたよ。」 顎にひとさし指を添え、上方を見ながら喋る茜。 その言葉に反応したのは佐伯姉弟だった。 「なるほど、じゃあ俺は四班の連中と交渉してくるか」 「じゃあ私は七班の人たちに頼んでくるわね」 そういい残すと、颯爽と部屋から出て行った。 後に残されたのは茜と孝也だけだ。 孝也は未だに乗り気でないらしく、困った顔をしている。 「主殿、首尾良く強化できれば恵太郎殿もお喜びになられますぞ」 その肩に飛び降りたトリスは軽く耳打ちをした。 「でも、ナルちゃんの意思は…」 「私はむしろウエルカムです」 だいぶ心が揺れてきたのか、孝也の視線が泳いできた。 そして、最後の希望として話しかけたナルにも快い快諾を貰ってしまった。 「それでは制御用プログラムを作りましょうか。先輩、私だけではキツイので援護お願いします」 もはや言い逃れる術は無かった。 「ただいま戻りました」 広大な敷地面積を誇る大学をアリカに案内していた恵太郎が研究室へと帰ってきた。 その顔には明らかな狼狽の色が現れている。 「ただいま戻りました~!」 そんな恵太郎とは対照的に、元気一杯に研究室へと飛び込んだアリカ。 その顔には満面の笑みが浮かんでいる。 「よう、遅かったな恵太郎」 奥の部屋から裕也の言葉だけが響く。 「ここの敷地面積知っているでしょう…」 それに力なく椅子に腰掛けながら応える恵太郎。 その言葉からは肉体的な疲労と言うより、精神的な疲労の方が多く見える。 「どうだった、アリカちゃん?」 「はい、凄い楽しかったですっ!」 裕子の問いに満面の笑みで応えるアリカ。 その表情からは翳りは一切無く、その言葉が本意であることを物語っている。 「で、けーくん。何処を案内したんだい?」 孝也は壁際に備えられたパソコンに向かいながら問い掛けた。 「ひとまず一班から十二班まで順番に。その後MMS博物館を回って資料室と工場見学。最後にバーチャルマシーンセンタの順に。」 「成る程、それは疲れるね」 机に突っ伏しながら応えた恵太郎に軽い労いの言葉を掛ける孝也。 「神姫好きにはたまらないコースですね、先輩。どうぞ」 「ん、ありがとう」 恵太郎にインスタントコーヒーを手渡す茜。 「はい、アリカも。あとトロンベちゃんのメンテだけど、当然ながら問題は無かったわ」 「悪いわね」 アリカはコーヒーとトロンベを受け取ると、恵太郎の隣に座った。 「ご主人様、外はどうでしたか?」 「そりゃ凄かったわよ~。初期に作られたというMMSのアーキタイプとかあって……」 アリカはトロンベに今見てきたことを話して聞かせている。 茜はそれを一瞥すると奥の部屋へと歩いていった。 暫しの間、研究室にコーヒーの香りとキーボードを叩く音、そしてアリカとトロンベの談笑が支配した。 「ところで、ナルの修復は?」 一息ついたところで、恵太郎は誰にでもなく話しかけた。 「後は孝也君が制御プログラムの最終調整をしている所よ」 「……制御プログラム? 何か問題でもあったのですか?」 恵太郎の問いに裕子が応える。 その問いが若干予想外であった為、恵太郎は二度目の疑問を口にした。 「まあ、出来上がってからのお楽しみね」 しかし、その問いに満足の行く回答が反される事は無かった。 恵太郎はそれ以上追及する事無く、孝也へと視線を移した。 孝也は忙しなくキーボードを叩きディスプレイを睨んでいる。 裕也と茜は奥の部屋で作業をしている。 裕子は資料の整理をしている。 恵太郎とアリカは並んでコーヒーを飲んでいる。 名状しがたい、しかし、悪くは無い空気が研究室に満ちていた。 「ところで、四班と七班の連中から嫌な視線を感じたんですが、知りませんか?」 「それも出来上がってからのお楽しみね」 恵太郎はそれ以上追従出来なかった。 「ふう」 その空気の中、孝也が静かに溜息をついた。 研究室にいる全員の意識が孝也に集中する。 「制御プログラム、何とか出来たよ。かなり突貫だから荒が有るのは許してもらいたいけどね」 そして、パソコンからメモリーカードを抜き取ってそれを茜に手渡した。 「ご苦労様です、先輩。では、こちらへどうぞ」 茜に促されるままに恵太郎達は奥の部屋へと向かう。 地面を這うケーブル類をうっかり踏まないように、全員が注意して歩く。 目指すは部屋の隅に陣取る天井まで届く円柱状の装置。 その脇に置かれたコンソールを叩き、スロットにメモリーカードを挿入する。 「それでは恵太郎殿、生まれ変わったナル殿をご覧あれ」 コンソールの上に、何処からとも無く表れたトリスが恵太郎に恭しく頭を垂れる。 それとほぼ同時に、円柱状の装置の真ん中から上下にスライドした。 その中からは大量のスモークが溢れ出し、油圧式アクチュエーターによりナルが固定された台座ごと押し出された。 徐々に薄くなっていくスモークと共に、ナルの全貌が明らかになる。 それを見て、恵太郎は絶句した。 「何…この……何?」 それも無理は無い。 何故なら、今のナルの姿は以前とは比べ物にならない姿になっていたのだ。 まず頭部には目を惹く大きな、紅い角が生えた。 そして脚部はストラーフ型の基本パーツを装着。 が、その右腕はその身の丈と同等のサイズの砲身と化している。 次に左腕自体も大型化し、持つ刃鋼は規則正しい割れ目が入った不思議なモノになっている。 最後に最も異形の部分、背中である。 腰部には元からあった補助ブースターを改造したと思しき巨大なブースターが。 そして、背中部分には腕、と言うより触手が生えている。 「ただ装備を修復するだけではつまらないと思ったので、色々と強化してみました」 茜はその様子を楽しむように解説を始めた。 「まず、右腕の銃鋼は四班が新たに開発した荷電粒子砲を搭載しました。従来のトライリニアアクセラレータ型ではなく、シンクロトン型へと変更しました。これによって装置自体は巨大化しましたが、その分耐久性能は抜群に上昇、更に、同型の荷電粒子砲を一対に組み合わせ、交互に発射する事で威力は従来のままに連射性能を底上げしたので以前のようなチャージの必要はありません。次に左腕の刃鋼ですが、これは裕也先輩のアイデアを基に設計しました。俗に言う蛇腹剣というものなのですが、最大射程は10smと中距離戦闘では抜群の戦力を誇ります。 また、ある程度の操作が可能なので熟練すればまさに手足のように扱えるかと思います。今回強化した銃鋼と刃鋼ですが、その威力と引き換えに機動性を大きく削ぐ結果となってしまいました。簡単に言えば、重すぎたんです。それを補う為に背部ブースターの巨大化と全身各部に補助スラスターの設置で、一応は機動性を確保しました。ですが、重量が極端に増加してしまい、立つことすら侭なら無い状態になってしまった訳です。その為に、身体を支える為に三つ目の腕。鉤鋼を追加したところ、身体のバランスを取ることが可能になったばかりか、かなりトリッキーな動作も可能になりました。また、鉤鋼自体を使った攻撃も可能でそれなりに使い易いかと。最後に一つ留意点なのですが、銃鋼・刃鋼・鉤鋼のそれぞれの武装を使用中は、他の武装を併用できない事を覚えておいて下さい。具体的には、銃鋼を使用する為には左腕を使った照準補助と鉤鋼を使った姿勢補助が必要なんです。銃鋼は連射性能を飛躍的に強化したんですが、その反動自体は以前より悪化しているんです。次に、刃鋼の場合ですが、これも鉤鋼の姿勢補助が必要です。銃鋼は反動等の理由で併用はほぼ不可能です。最後に鉤鋼ですが、これは鉤鋼を使用している間は姿勢制御が出来ないのが理由です。それと、頭部ホーンは高性能センサー群です。以前と同じドップラーセンサーと超音波センサーを搭載しています……何か質問はありますか?」 心なしか嬉々としている様に見える茜とは違い、恵太郎は呆然としている。 「マスター、似合いますか?」 当のナルはというと、頬を若干紅く染めて恵太郎に問い掛けている。 その表情だけ見れば可愛らしいものだが、その全貌と合わせてみると悪魔の囁きにしか見えない。 「……ああ、最高に似合っているよ」 ようやく我に返った恵太郎が、ナルを褒める。 その表情に嘘偽りの影は無く、其方かといえば清々しい表情だ。 「茜、バッテリーはどうなってる? 前のままだとガス欠で動けないだろう」 「はい、第七班の新型燃料電池のお陰でバトルには一切支障はありません。銃鋼自体も外部イオン供給型なので、打ち放題です」 「パーフェクトだ、茜……孝也、鉤鋼の制御プログラムの内訳は?」 「通常歩行、走行、跳躍、武装使用時の四種類だけだよ」 「ナルは元々腕が四つある、多少の負荷は許容範囲だ。そこら辺を考慮して、自由度を上げて置いてくれ」 「分かったよ、けーくん」 「裕也先輩、刃鋼の耐久性は?」 「刀身部分は秒速5km/sの弾丸にも耐えられた。連結部分は集束モノフィラメントワイヤーで防護してはいるが、秒速2km/sレベルが限界だ」 「ありがとうございます、充分ですよ」 そのやり取りは研究者というより、悪の秘密結社という方が似合っていた。 「全く、先輩達には何時も驚かせられますよ。こりゃ馬鹿と冗談が総動員だ」 もう吹っ切れたのか、全員を見回しながら言った。 「師匠、凄いじゃないですか! これで向かうところ敵無しですねっ!」 アリカはまるで自分の事のようにはしゃいでいる。 「そうでもないさ」 「へ?」 アリカと対照的な恵太郎は、視線をアリカから裕子へ移した。 「裕子先輩、ナルの作動テストとして手合わせ願います」 その言葉にはある種緊迫したものが混じっていた。 「ええ、良いわよ」 裕子の表情は何時ものように小春日和の陽射しのようだ。 「…アリカ、良く見て置けよ」 「も、勿論ですよっ!」 恵太郎は険しい表情でアリカに言った。 バトルフィールド『宇宙船』 剥き出しの金属フレームに金網の足場。 余計な装飾は一切無く、あるのは金属の冷たい感覚。 戦う為に生み出された武装神姫の戦場に相応しい……ナルは新たな武装を纏いそんな事を考えていた。 今回の相手はアル・ヴェル。 もう両者共にフィールドへの転送は終わっている。 普通のバトルなら、こんな悠長に構えている暇は無い。 だが、これはナルの新武装の作動テストだ。 あくまで、名目上はだが。 恐らく恵太郎は本気だ。 ナルはそう考えていた。 「お待たせしました、ナル」 頭上から声が掛けられた。 「いえ、お気になさらず」 その声の元へ視線を送る。 そこには空中を踏み締めてナルを見下ろす雪の様な白い髪の神姫―――アル・ヴェルが居た。 アーンヴァル型の彼女だが、その装備はアーンヴァルとは異なるシルエットを醸し出している。 胸部アーマーはナルのモノと酷似している。 腰部のブーストアーマーもナルのモノと酷似している。 唯一違うのは、脚部。 脚には足首部分から三対の巨大な鋼の羽が生えている。 武装名は『羽鋼』 「裕子先輩の神姫、ナルちゃんに似てる…?」 茜はディスプレイに映る両者を見て、思わず声を漏らした。 赤と黒のボディ、白いボディ。 機体色の違いこそ有れど、それほどまでに両者は似通っていた。 「そりゃそうさ。恵太郎はアル・ヴェルの武装を模倣してナルの装備を作ったんだからな」 裕也はさも当然と言わんばかりだ。 「そんな事より」 そこに茜が割り込んだ。 「アリカは運が良いわ。だって裕子先輩のバトルしている所が見れるのだから」 「どう言う事?」 アリカは茜の真意を測りかねている。 「裕子先輩はこの大学最強の神姫マスターなんだよ」 それに端的に答える孝也。 しかし、その目線はディスプレイに釘付けだ。 気付けば蒼蓮華やロン、トリスですらディスプレイを凝視していた。 『ナル、初めは銃鋼だ』 恵太郎の声がバーチャル空間に響く。 『アル・ヴェルは攻撃に当たらないように避けてね』 それに続き、裕子の声が響く。 ナルとアル・ヴェルは無言で頷きある程度距離を取る。 「…師匠と手合わせするのは久しぶりですね」 ナルは全身の駆動チェックを行いながら呟いた。 その呟きには哀愁に満ちていた。 「マスターはバトルを好みませんからね」 アル・ヴェルの声は、ナル程では無い物の哀愁に似た響きが混じっていた。 「今日は、師匠を満足させられると良いのですが」 ナルは刃鋼で銃鋼を支えながら持ち上げた。 背部では鉤鋼に備え付けられた巨大な鉤爪が足元の金網を抉っている。 「ふふ、そんな気張らなくても良いわ」 アル・ヴェルは羽鋼を展開させた。 その翼長は悠に3smはある。 『よし…ナル、用意が出来たら好きなタイミングで発射してくれ』 ナルの用意が整ったのを確認した恵太郎から通信が入る。 「了解です、マスター」 それに短く応えるナル。 「…行きます、師匠」 「来なさい、ナル」 その言葉に、哀愁は無かった。 構えた銃鋼から爆音と共に光弾が放たれた。 上下に二つある銃口から交互に、凄まじい勢いで光弾と爆音を排出する。 しかし、光弾を撃ち出す事にナルの身体は凄まじい反動を受けていた。 『ナル、大丈夫か?』 恵太郎からの通信。 その声音には若干緊張の色が含まれている。 「…はい…ッ……問題、ありません」 銃鋼を撃ち続けながら、擦れた声で返答するナル。 『……もう暫く撃ち続けてくれ』 暫しの沈黙の後、恵太郎から続行の指令が下る。 「…了解」 それに簡潔に応えるナル。 その眼はアル・ヴェルだけを見据えている。 銃鋼から放たれる光弾はまさに雨の様だった。 しかし、それは反動によるブレで命中精度は良いとは言えないものだ。 その証拠に、アル・ヴェルは軽く身体を捻ったりするだけで大きな回避運動を取っていない。 が、背後の壁に命中した光弾は悉く被弾箇所を貫いている。 『ナル、銃鋼のテストは終了だ。お疲れ様』 恵太郎の通信と同時に銃鋼を停止させる。 「ありがとうございます、マスター」 支えていた刃鋼と銃鋼を下ろして応えるナル。 『…何か問題点は?』 「今のところありません」 『そうか、次は刃鋼だ。準備が出来次第好きに始めてくれ』 「了解です」 事務処理のような応答を繰り返す二人。 ナルは無表情で刃鋼を前方に突き出す様に構えた。 そして、ガチャリという音と共に刀身に規則正しく入った割れ目を境に分裂した。 紅と黒の刀身は何節にもわかれ、刀身同士を繋ぐのは複合ワイヤーのみ。 その間接部分ごとに自在に折れ曲がるそれは、最早剣では無い 床に分離した刀身が落ち、甲高い音を鳴らす。 それを確認したナルは左腕を高く掲げると、刀身の四分の一程が吊り下げられる。 ナルは左腕を振り下ろし、続けざまに右に跳ね上げ、そこから左に鋭く振った。 それと呼応して刃鋼が激しく波打つ。 そして、鋭く、速く、迸った。 刃鋼はまるで大蛇の様に蠢きながら、アル・ヴェルへと襲い掛かった。 伸縮自在の間接を持つそれは、瞬間的には10sm程にもなる。 そして、その先端部分は遠心力やらなにやらで相乗的に破壊力を増す。 ここでようやくアル・ヴェルが回避行動らしい回避行動を取った。 空中で脚に力を込めるようにしゃがみ込んで、刃鋼が目前に迫り自身に衝突すると言う瞬間に一気に翔けた。 その速度は神姫の眼を持ってしても図り知ることは出来ない。 それほどまでに、速い。 目標を見失った刃鋼は背後の建物を大きく抉る。 ナルはそれを確認し、左腕を大きく引いた。 それに呼応し、間接が縮まる。 一瞬で元の剣の形状へと戻った刃鋼を下ろし、前方に下りてきたアル・ヴェルを見据える。 『ナル、調子はどうだ?』 「…銃鋼ほどではないですが、反動が大きいです」 ナルは左腕を見ながら言った。 機械の腕に疲労に似た感覚が襲っているのだ。 恐らく、荷重に耐え切れないアクチュエータが悲鳴を上げたのだろう。 『なるほど、そこらへんは調整が必要だな』 恵太郎の言葉に、感情は込められていない。 「そろそろ良いかしら、マスター?」 アル・ヴェルが裕子に向かい通信を開いた。 その声には何かを待望する、そんな色が含まれていた。 「マスター……ボクもそろそろ我慢できないよぉ」 ナルの口調が変わった。 若干俯きながらも、その瞳は紅く輝いている。 『…良いわよ、アル・ヴェル。たまには羽を伸ばさないとね』 裕子の諦めたような、それでいて優しげな声が聞こえてきた。 「ありがとう…マスター」 アル・ヴェルはゆっくりと浮上しながら礼をした。 『ナル、お許しが出たぞ。好きなだけ大暴れしな!』 恵太郎は凄く嬉しそうだ。 「あはは、言われなくても……そのつもりだよぉ!」 そう叫ぶと同時に、ナルは銃鋼を構え、無数の光弾を穿き出した。 先程よりも雑で疎らな光弾の雨に、アル・ヴェルは羽鋼の出力を全開にして超高速で翔け回り、回避する。 その姿を目で捉えることが出来ないナルだが、それでも攻撃を止めない。 次第に光弾の及ぶ範囲が広くなって行く中、ナルのドップラーセンサーは確かにアル・ヴェルの姿を捉えていた。 「そこだぁ!」 支えていた刃鋼を左に大きく振り抜く。 刀身は伸びながらアル・ヴェルへと迫る。 ナルは銃鋼の欠点である集弾性の悪さを逆に利用した。 逆に光弾をばら撒く事によって、アル・ヴェルの逃げ道を塞いだのだ。 そして、動きが止まる瞬間を予測して刃鋼の攻撃を加える。 「なるほど、いい作戦ですね」 しかし、それはアル・ヴェルにはまだまだ通用しない作戦のようだ。 迫ってきた刃鋼を、アル・ヴェルは蹴り飛ばして凌いだ。 勿論、ただの武装では刃鋼を蹴り返す事など出来ない。 その秘密は、羽鋼にある。 羽鋼は電磁推進装置を利用した機動装備である。 従来のブースタータイプと違い、一種のバリアーによる反発力を用いるこの装備は爆発的な速度と運動性能を得る事が出来る。 そして、アル・ヴェルはこの反発力を刃鋼にぶつけたのだ。 「まだまだ脇が甘いですね」 一気に、一瞬でナルへと接近したアル・ヴェル。 ナルの息がかかるほどの近距離で一言言うと、ナルに強烈なローキックを浴びせた。 先程同様バリアーの反発力を乗せたそれはナルの巨体を軽々と吹き飛ばした。 それでもアル・ヴェルは攻撃を止めない。 吹き飛ぶナルに一瞬で追いつくと、ナルの顎を蹴り上げた。 再び軽々と上方へと吹き飛ぶナル。 ナルが最高到達点に先回りしていたアル・ヴェルは身体を横向けに回転。 そして、渾身の力を込めて蹴り落とす。 それは必殺の威力を孕む攻撃であり、喰らえば唯では済まない。 否。 唯ではすまないのは両方だった。 アル・ヴェルの脚がナルに触れる一コンマ前。 その瞬間、ナルの銃鋼はアル・ヴェルへと照準を定めていた。 爆音が響き、爆炎が渦巻く。 それと同時に両者は弾かれた。 ナルは床に、アル・ヴェルは壁に叩き付けられる。 銃鋼の光弾と羽鋼のバリアーの高エネルギーの衝突が爆発を引き起こしたのだ。 「あははぁ、やっぱ師匠は強いやぁ」 刃鋼を杖代わりにし、鉤鋼で体制を立て直すナル。 見た目は酷い損傷だが、その眼の闘志は消えていない。 「ナルも随分と肝が据わってきましたね」 壁にめり込んだ体を引き抜き、空中を踏み締めるアル・ヴェル。 しかし、その身体に損傷は見受けられず身を包む覇気も衰えない。 「さぁ、休憩はオシマイ。第二ラウンドだよぉ」 ナルは刃鋼を前方に向けたまま、左腕を深く引いた。 「休憩なんて挟むのも勿体無い」 羽鋼を大きく羽ばたかせ、前傾姿勢になった。 彼女達は武装神姫。 戦う事に、理由は要らない。 アル・ヴェルの羽鋼が瞬く。 度を超えたバリアーの過剰出力が強い光を伴わせる。 その速度は最早如何なる方法を取ろうとも、捉えきれるものではなかった。 だから、ナルは予測した。 左手を勢い良く繰り出す、一般に言う突きだ。 ただし、刃鋼の突きのリーチは10smオーバーだ。 アル・ヴェルは最高速度で飛翔した。 それはつまり機動性を殺すことだとナルは考えた。 そして目標は自分。 その道筋は一本道。 そこに、刃鋼を置いておけばどうなるか? 単純明快、正面衝突である。 しかし、アル・ヴェルの機動性はナルの思惑を遥かに凌駕していたのか。 アル・ヴェルに迫り来る刃鋼。 その衝突の寸前に、アル・ヴェルが進路を変えたのだ。 アル・ヴェルの羽鋼はいかに速く動いている状態でも、自在な機動を実現したのだ。 そして、最高速度のままナルに激突。 純粋な加速エネルギーだけの攻撃。 だが、それだけで神姫を粉砕するには充分すぎる破壊力を孕んでいる。 決まった。 アル・ヴェルは思った。 確実にナルの胸部を貫いていると。 自身の勝利が決定したと。 が、心のどこかでそれを否定したかった。 「あははぁ、やっと捕まえたぁ」 そして、それは否定された。 アル・ヴェルの脚は確かに貫いていた。 胸部をガードした銃鋼を貫いていた。 その上、鉤鋼でアル・ヴェルの脚をがっちりと掴んでいた。 「師匠…ボクの……腕は…三つあ…る…んだ……」 だが、アル・ヴェルの爪先がほんの少し、ナルの胸部を抉っていた。 すっかり暗くなった帰り道。 アリカと茜は帰路に付いていた。 「それにしても凄かったなぁ…」 アリカはナルとアル・ヴェルとのバトルを反芻している。 「私もアル・ヴェルさんのように強くなれるでしょうか…」 トロンベもバトルを反芻しているようで、小さく呟いた。 悲観的な言葉に対し、その声音は強い意志を感じさせた。 「ふふ」 その光景を見ていた茜が思わず笑い声を漏らした。 「何よっ、文句あるの!」 何となく気恥ずかしいのでそれに食って掛かるアリカ。 「ただ、アリカって変わったよねぇ、って」 アリカの目を真直ぐ見据えて微笑む茜。 その様子にいきなりしおらしくなるアリカ。 「変わったといえばアンタの方よ……今まで大学の研究室に行ってたなんて一言も言ってくれなかったじゃない」 俯きながら少し拗ねる様に言う。 「…アタシが先輩達の研究室に通うようになったのは丁度一年前からよ。その時、アリカが変わったと思っていたの。私の好きなアリカはもう居なくなったと思ったわ。私は寂しかった。その寂しさを埋めてくれるのは先輩達だったわ。だからアリカに言わなかったの。もし、アリカがずっとあのままだったら私はアリカを見限っていたわ」 急に真面目な口調で喋る茜。 「じゃあ、何で今更」 歩くのを止めてアリカに向き直る茜。 「私の大好きなアリカが帰ってきたからよ」 そう言うと、茜はアリカに軽く触れるだけのキスをした。 「…随分と久しぶりにしたわね」 顔を真っ赤に染め、そっぽを向きながらアリカは言った。 「ふふ、じゃあ久しぶりにアリカの家に泊まろうかしら?」 悪戯っぽく笑いながら歩き出す茜。 「マスター、トロンベに噛まれますよ」 それに空中散歩していたロンが喋った。 「わ、私はご主人様さえ良ければ…その……別に」 ロンの言葉に顔を真っ赤にしてトロンベは反論した。 「良いわよ…皆で泊まれば良いじゃない」 アリカは蚊の鳴く様な声で言った。 しかし、それは茜に耳にきっちり入っていた。 「じゃあ今日は大好きなアリカのお家でお泊りパーティね?」 軽くスキップをしそうな茜に、アリカは咆えた。 「気安く好きだの言わないでよっ!」 その顔はトマトの様に赤かった。 先頭ページへ 次へ
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/197.html
武装神姫…今現在爆発的なブームを誇り、その老若男女を問わない人気は旧世紀の ヒット商品、ポケモンや遊戯王カードもかくや。いや、それ以上であろう。 かく言うオレ──日暮 夏彦も、もはや社会現象とさえ言えるそのヒット商品の恩恵に 与ってる一人だ。 「おし、掃き掃除終了…っとぉ」 ゆっくりと伸びをして、目の前の看板を見上げる。 「ホビーショップ エルゴ」三年前に親父の模型屋を改装して始めたオレの城だ。 玩具オタが高じて工学部に通った身の上としては、そのスキルを存分に活用出来る天職。 特に神姫関係には力を入れてて、販売、登録、修理、カスタマイズやオリジナルパーツ の製作まで何でも御座れだ。 そんなに大きな設備じゃないがバトルサービス用の筐体も借金して導入済み、 公式ショップにも登録してある。 そんな努力の甲斐もあってか商売としてはそこそこ快調。 近所の神姫ユーザーには結構支持されてるし、健全経営とは言えないが俺一人 生きていくには問題ない収入がある。 それに…ウチには他の店には無いウリがもう一つあるのだ。 「みなさん、家に帰るまでが学校とはよく言った物。無事にお家に帰る事は当たり前に 見えて大切な事です」 「特に、小さなマスターを持つ神姫はまだまだ充分な注意力を持たないマスターに 代わり、その安全を守る事も大切なお仕事です」 「ですから、マスターと逸れない様にして、しっかりお家に帰りましょうね」 『はーい!うさ大明神様ー!!』 自動ドアを開けて店内に戻る俺の耳に、凛とした女性の声と大勢の少女の声が響いた。 そして、大小さまざまなご主人様に連れられて神姫達が帰っていく。 「毎度ありがとう御座いましたー!」 愛想よくすれ違いに店外へ出て行く客に声を掛け、店内へ戻る。 「よ、御疲れ。大明神様」 声を掛けるのは店内に設えた1/12の教室、その教壇に設えられたハコ馬にのる胸像へ 向けてだ。 「マスター…貴方までその名で呼ぶのは止めて下さい」 非難がましく返事を返すその胸像こそがオレの神姫ジェニー。 所謂ヴァッフェバニータイプってヤツだ。 元々強化パーツとして販売されたこのタイプには素体が付いていない。 その代わりにディスプレイ目的の胸像パーツが付いてたのだが、 ある理由から素体の都合がつかなかったオレが間に合わせにその胸像パーツを チョチョイと改造してボディ代わりに使ってるのがコイツってワケだ。 その姿は旧世紀のバラエティで定番だった銅像コントのあのお方の如し。 その威容をして生徒達からは「ウサ大明神様」の名で親しまれている。 いや、子供の発想力ってのは素晴らしい。ソレが人間でも神姫でも。 っと、説明が前後した。ウチの他に無いウリってのはつまり…この神姫の学校だ。 事の起こりはオレがまだ学生の頃、バイトで塾講師をしていた頃に遡る。 当時塾では生徒の神姫持ち込みを禁止してたのだが、子供がそんな事守るワケもなく それなりに問題になっていた。 で、何をトチ狂ったか塾の方針として勉強中は神姫を預かり、 神姫にも人間社会について勉強を教える。なんて事になってしまったのだ。 そんでもって、白羽の矢が立ったのが既に塾講師内にも玩具オタが知れ渡っていた俺。 …ヨド○シに開店ダッシュは未だに若気の至りだったと思う。 あれさえ目撃されなければ。 とりあえず俺を呼び出した時の塾長の台詞「どうせ持ってるんでしょ?神姫」はかなり トサカに来た事を覚えている。 しかも確かあの時、あの親父は半笑いだった。畜生。 って、それは置いといて。 結局、俺と俺の神姫…ヴァッフェバニーのジェニーは神姫担当教師としてバイトを 辞めるまでの間、しこたま働かされたワケだ。 店を継いだ頃、まだ客足の少ない店への呼び水としてジェニーがもう一度教室を やったらどうかと提案して来た時は少し渋ったが、やってみれば事のほか評判も良く、 実際ウチの店を知って貰ういい切っ掛けになった。 多分オレ一人ではこうはいかなかったろう。 いや、実際腕さえ良ければなんとかなると思ってた俺としては、ジェニーへの感謝は してもしきれない。 「なら、新しい素体買って下さいよ」 「いや、大明神様が居なくなったら純真な子供達の夢が壊れるだろ?」 心を読んだかのようなジェニーの呟きに、即座に返す。なんかブツブツ言ってるけど メンドいので脳内スルー。 「さ、仕事仕事ー」 今日中にカスタマイズせにゃならん神姫が3体。いつまでも遊んでは居られんワケで。 大人は大変なのよ。 「今日も一日、良く働いたねー」 大きく伸びをして時計を見れば時間は午後8:56分。そろそろ閉店時間だ。 そんな平穏を破り、ドタバタと足音を響かせて客が店に転がり込んで来た。 文字通り、転がるように慌てて。 「すいません、まだやってますかっ!?」 …うん、もうしばらくは閉められそうにねぇや。 やって来た客は高校生ぐらいか? 話を聞けば彼のストラーフ「コラン」があるバトルを境にまったく動かなく なったという。 どのショップ、果てはメーカーに問い合わせてもどこにもハードの故障は無く、 プログラムだけがごっそりと無くなっているのだそうだ。 故障として新しいプログラムのインストールを推奨されたが、それはもはや彼の神姫 とは別の物になるという事。 彼はなんとか自分の神姫を救うべく、藁にもすがる思いでウチの評判を頼みに 尋ねて来たのだそうだ。 「少年、キミが最後にやったバトルってのはどんなバトルだったんだ?多分、原因は ソレだぜ」 さっきから、何度もした問い掛けを繰り返す。 この話になると歯切れが悪くなるのは…何だかな、察しは着くが。 「別にオレはメーカーの人間でも警察でもない。例えば…キミが非合法のバトルを やっててもソレで修理を断ったりはしない」 カマを掛けてみる。見る見る青ざめていく少年の顔が、複雑に表情を変えた。 「…ごめんなさいっ!」 開口一番大声で謝り、俯く少年。その肩を叩いて宥める。 ま、バトル派の神姫ユーザーにゃ意外とあるケースだ。 「僕…結構リーグでいいとこまで行ってて…自分の実力を確かめたくて… アンダーグラウンドのバトルに参加したんです」 「…その、最近パーツとかの遣り繰りに困ってて、賞金が欲しかったていうのは あるんですけど…」 申し訳無さそうに少しづつ言葉を絞る少年。頷き、黙って話しを聞く。 「…でも、こんな事を望んでたワケじゃない…バトルは勝ちました、賞金も出ました。 でも、僕のストラーフ…コランが帰って来ない…それじゃ意味が無いんです! 彼女が居ないと…何で…どうしてこんな事に…」 少年の肩が小刻みに震えている。…経緯はどうあれ、自分の神姫の為に泣ける…か。 「少年、そのバトルの参加方法とか解るか?」 「ネットワークのバーチャルバトルです。不具合を調べる時に、関係有るかと思って ログはとってます…」 「でも、そのサイト何時の間にか消えてて…裏バトルだから当たり前なんですけど…」 ログがあるなら話は早い。 「…そのログ貸してくれ。オレが必ず君のストラーフ──コランを直してやるから」 少年が目を見開いてこちらを見る。慌てて鞄からメモリーカードを取り出し。 「このカードに入ってます。あの…お願いしますっ!」 土下座せんばかりの勢いで頭を下げる少年に頷き、もう遅いからという理由で 今日のところは帰した。さて… PCのモニター上をとんでもない速さで流れていく文字の羅列を見ながら、嘆息する。 オレもそこそこやれるつもりなんだが…やっぱコンピュータ自身にゃ勝てんな。 …オレはオレの仕事しよう。携帯電話を取り出し、コールする。 「はい。KMEE神姫バトルサービスサポートセンターで御座います」 受付嬢の柔らかくも清潔感溢れる声が電話の向こうから響く。 いや、何を緊張してるのかオレ。 「あ、私日暮と申しますが。今米主幹いらっしゃいますか?」 「今米で御座いますね?少々お待ち下さい」 おお、良かった。不審がられたらどうしようかと思ったよ。 「もしもし?今米だ。お前か日暮?」 受話器から聞こえるゴツくてかつ加齢臭溢れる声に現実の無常さを感じる。 「うす、今米さん。今なんかトラブってる?神姫強奪事件とか」 「神姫狩りの事か?そりゃ困ってるが…今に始まった事じゃないだろ。 こっち側が噛んでるケースもあるしなぁ」 「いやいや、そういう必要悪じゃなくて。もっとどうしようもねーの」 歯切れの悪い答えを返す今米さんにさらに突っ込む。本気だかはぐらかしてんのか 読みにくいんだよなぁ、この人。 「まぁ、神姫絡みの犯罪やトラブルってのは悲しいかな右肩上がりだからな。しぼれんよ」 「ええと、一見故障じゃないんだけどデータだけごっそり無くなるってヤツなんだけど?」 受話器の向こうからキーボードを叩く音がする。 調べ始めて十数秒ほどか、返事が返って来た。 「ちょっと待て…それならカスタマーやウチを含めて18件来てる。何か掴んだのか?」 お、ビンゴ。 「ああ。ウチの客が被害にあった。今夜辺りなんとかするつもり」 「そうかそうか。そりゃいい、宜しく」 「で、いくら出す?」 「おい待て!?どうせウチとは関係なくやるんだろ?何で身銭切らなきゃならんのだ」 ちぃ、やっぱそう来るか。進歩ねぇな、オレも今米さんも。 「データ、そっちでサルベージした事にしたら評判上がるんじゃねーの? 企業イメージって大事よ、このご時勢」 「む…そりゃそうだが…しかしなぁ」 「どうせこれからたっちゃんに頼むし。嫌なら別にいいけど」 たっちゃんてのは古馴染みの警部さんだ。神姫関連犯罪の担当で色々と世話したり されたりのまぁ、腐れ縁である。 「あー、わかったわかった!そのかわりデータは大丈夫だろうな?」 「任せとけよ。んじゃ、報酬ヨロ」 電話を切る。おっしゃ。これで年末商戦向けの仕入れ費用は何とかなりそうだ。 「ジェニー、どうだ?」 アクセスログから例の違法バトルのサーバを探しているジェニーに声を掛ける。 「見つけてます。ウラも取れそうですよ」 「さっすが。しかし、人の神姫…しかもパーツじゃなくてデータだけなんてな」 「強力なランカー神姫だけ狙うってんならともかく、ランダムだろ?どうすんだか」 溜息混じりにジェニーが答える。 「他人の持ち物を所有したいなんて有り触れた願望だと思いますよ? 肥大した支配欲…とでも言えば的確ですかね」 「そういう向きに高額で販売する…愛玩用のボディにでも入れて。そんなトコでしょう」 冷静に説明してみせるその姿は一見クールだが…解る。 怒ってる、怒ってるよジェニーさん。 「ヘドが出るな」 ま…気分悪いのはオレも同じなんだが。 「準備、出来ているならそろそろ行きませんか?」 「まー待て、連中の潜伏先をたっちゃんに流す」 「猶予は…今23時か。2時間でいいな?」 「充分です」 力強く頷くジェニーに頷き返し、準備を始める。さぁ、久しぶりの副業だ。 >頭部パーツを複合レーダーユニットに換装。マルチバイザー装着。 >コアユニットパージ。メインボディに接続... >ヴァッフェバニーtypeE.S 「Genesis」起動..._ モニターに映し出される文字が彼女の目覚めを告げる。 オレの武装神姫。 Encount Strikerの名を持つカスタムヴァッフェバニー、ジェネシスが。 E.S…遭遇戦域対応を目的とした銀の可変アーマー「シャドウムーン」と背中の複合兵装 「ブラックサン」大型装備は背部ブースターから伸びるフレキシブルアームで全て接続。 移動は全てフライトユニットで行い、状況によって装備位置の変更、可変によりあらゆる 戦況に対応する特別仕様機。 全身フルカスタマイズ、武装も全てオレが玩具コレクションから厳選して改造した ワンオフ品。 本来のレギュレーションを逸脱したその姿はもはや公式戦に参加する事も適わない、 戦う為の神姫。 だが、俺達には必要な力だ。 そうオレとコイツ…「正義の味方」には。 ジェネシスをPCと接続し、ネットワークにダイブ。彼女の眼を介して広がる電脳世界を 駆け抜けていく。 意識を集中し、一心不乱にキーボードを叩くこと数分。例のサーバーに到着した。 情報を偽装しセキュリティホールを開けて侵入を開始。違法バトルのシステムに侵入。 公開ユーザー名には「G」とだけ入れる。コイツがオレの通り名だ。 「ジェニー…いや、ジェネシス。もうすぐ入り口が開く。今回のミッションはサーバーに 侵入後、軟禁状態の神姫を解放。オレの開けたセキュリティホールを経由して転送される 彼女達の護衛だ。行けるな?」 「了解」 「よし。ミッションカウントスタート!状況開始だぜ、相棒」 電脳世界とはいえ…その住人から見れば、往往にして実体を備える世界を形成して 見える。 サーバー内に広がる風景は鬱蒼と茂る森と光を遮る曇天。そして、その中心に聳える 重苦しい、監獄の様な屋敷のみ。 「雰囲気出してんなぁー…」 感心半分呆れ半分、呟く俺。 「マスター、索敵範囲に神姫一体。斥候でしょうか?」 「ちっ…調べられるか?」 「向こうにも気付かれました。近い…マシーンズ反応有り。波形からマオチャオタイプと 推察します。迎撃許可を」 「許可。マシーンズ撃退後本体は捕縛だ」「了解」 ブラックサンに積んだストフリ流用のドラグーンシステムが分離し、マシーンズを正確に 捉える。 相手の反応はまだ無い。レーダー反応精度はこちらが上か。 一度きりの発射音の後、ばたばたと倒れて目を回す、ぷちマスィーンズ。 「にゃにゃっ!?」 茂みから聞こえるその声に、指示を出すより早くジェネシスが反応した。 「其処ですか!」 腕部に装備したアムドラネオダークさん流用のワイヤークローデバイスがマオチャオを 掴み上げ、天高く引き上げる。 おー…猫の一本釣り。 「ひぃやぁーっ!?た、助けて欲しいのにゃー!リィリィお家に帰りたいのにゃー!」 ん?コイツ攫われた神姫か? ワイヤーを巻き取ったジェネシスが衝撃で跳ね上がるマオチャオ…リィリィだっけか。 …を抱き止めた。 「大丈夫。恐くないから…良く頑張ったわね?」 一瞬で柔らかい雰囲気を作り、リィリィの頭を撫でて優しく接する。慣れてるな大明神。 「ふえ?おねーさん…ダレにゃ?」 きょとんとした顔のまま尋ねるリィリィに、オレとジェネシスはここぞとばかりに 不敵に答えた。 『正義の味方…って事で』 「では、あの屋敷に皆捕らわれて居るんですね?」 「そうにゃ、バトル終わったのにリィリィ達ばとるふぃーるどから出られないのにゃ。 そしたらカタクてゴツイのがいっぱい出てきてみんなを捕まえて連れてったにゃ」 リィリィが俺達を案内しながら経緯を説明する。思い出してしまったのか元気がなく、 その声も悲しげだ。 「大丈夫…絶対に助けます」 決意のこもったジェネシスの声。固いヤツだと普段は思うが、こういう実直さは 誇らしくもある。 「はいにゃ…」 嬉しそうに微笑むリィリィの声が、オレの決意も新たにする。 その時だった。前方の地面が唐突に盛り上がる。いや、捕縛者…そいつらが現れたのだ。 「で、出たにゃ!アイツらにゃ!」 慌てふためくリィリィ。とりあえす置いといてそのプログラムを解析する。 神姫と思しき特長は無い。 「捕縛プログラムだな…改造してあるみたいだが、ベースはブロックウェアだ。 多分、特徴も見た目通り」 「つまり…硬い代わりに動きは遅いと」 ブラックサンを前方に構え、トリガーロックを解放する。 前方が展開しメガキャノンモードへ。 「シュート!」 ジェネシスの掛け声と共に放たれたビームの一撃が、一挙に二体を薙ぎ払う。 しかし、安心した瞬間今度はサイドから捕縛者が現れた。 潜行して距離を詰めたか、近い。 「おねーさん、遠距離攻撃型にゃ!?早く逃げるにゃ!」 リィリィが逃げる隙を作ろうとその爪を構える。 「心配後無用」 手品師の様な口調で呟くと、ジェネシスがモードを切り替える。 ブラックサンのサイドのビーム発振機から伸びるビームが重なり、繋がり… 巨大なビーム刃を形成する。 機構はフルスクラッチだが原理はムラマサブラスターと同じだ。 読んでて良かった、クロボン。 体ごと振り回すその巨大な刃に切り裂かれ、さらに周囲を囲んだ4体が破壊される。 「す…すごいにゃぁ…」 リィリィも呆気に取られるばかりだ。いや、ムリもないけど。厨装備でゴメン。 その後も散発的に敵は現れたが、特に問題になる様な事も無く屋敷まであと一歩と いうところまで辿り着いた。 ふと、暫く黙り込んでいたリィリィが口を開く。 「おねーさんのその装備は、どこで買ったのにゃ?」 「いえ、これは全てマスターのお手製なんですよ」 一瞬きょとんとした表情を浮かべるも、微笑みながら答える。 「そうなのにゃ…残念にゃ。リィリィも強力な装備さえあれば皆を助けて… あんなヤツらに負けないにゃ…」 「あ、そうだ!マスターさん、リィリィにも装備を作って下さいにゃ! 装備があれば負けないのにゃ!」 一瞬しょんぼりしつつも、すぐに持ち直したリィリィがなんとこちらに話しを 振ってくる。 ううむ…なんと答えたモンか。 「リィリィさん…それは違います」 オレが悩んで居るうちに、ジェネシスが会話に割って入る。 「装備は、神姫を助けてくれます。でも、神姫を強くしてはくれません。決して」 「そんな事ないにゃ!強いパーツを持ってる神姫は強いにゃ!」 「おねーさんは強いパーツを持ってるから解らないんだにゃ!」 「リィリィさん…」 諭すようなジェネシスの言葉に強く反論するリィリィ。 ジェネシスは悲しそうな瞳でリィリィを見詰めるのみ。 …やれやれ。 「リィリィちゃん、例えばマシーンズが今の3倍の数使えるとしたらどうかな? それは強い?」 「3倍!?それはきっと強いにゃ!でもひぃ、ふぅ、みぃ、はにゃ…混乱するにゃ~」 マシーンズの様な、遠隔操作を要する自律兵器を統率する事は簡単そうに見えて 実は非常に複雑なのだ。 一説にはその制御にリソースを食われてマオチャオシリーズはAI的に幼いなんて説も… いや、それは置いといて。 「ジェネシスはドラグーン6基、クローデバイス2基、フレキシブルアームが5本… コレらすべてを常時コントロールしなきゃいけない。腕が15本あるようなモンかな」 「じっ…じゅうごほん~…こんがらがるにゃあ~」 目を回すリィリィに多少は場の空気が和んだのを感じ、続ける。 「ジェネシスだって最初からこの装備を扱えたワケじゃない」 「というか、この装備自体が改良に改良を重ねて作り上げていった物だから、その過程 で身につけていったって所かな」 一拍置いて言葉を続ける。 「いいかい、リィリィちゃん。強力な武器を持つ神姫が強いんじゃない。 武器を使いこなしその性能を引き出せる神姫が強いんだ」 「今までだって、そんな神姫をリィリィちゃんも見てきた筈だ」 しばらく考えたリィリィが、おずおずと口を開く。 「じゃあ…リィリィも強くなれるかにゃ?おねーさんみたいに…」 「なれるさ。先ずは、一つの武器を極める。誰にも負けないぞってぐらい、その武器の 使い方を身につけるんだ」 リィリィが頷くのをモニタ越しに確認して、続ける。 「そしたら、次はその武器を生かせるような他の武器を選ぶんだ。組み合わせは いっぱいある。そうやって、武器を、戦い方をどんどん身につければ、どんどん 出来る事が増えていく。昨日は出来なかった事が出来るようになる」 「昨日より今日より明日。装備なんか無くたって、そんなリィリィちゃんはずっと 強いんじゃないかな?」 「昨日より…強いアタシ…」 ぱぁ、とリィリィに明るい笑顔が広がる。 「頑張るのにゃ!リィリィ頑張るのにゃ!」 「強い武器がなくたってリィリィは強くなれるのにゃ、皆を守れるにゃー!」 元気に飛び跳ねるリィリィ。自分の可能性に気付いたその表情は明るい。やれやれ。 「マスター…良い話しますね、偶に」 黙って聞いていたジェネシスが、誇らしげに微笑んでいる。 うわ。またやっちまった。オレ、凄い恥ずかしい事言ったよな今? 「いや、アレだ!好きなヒーロー物の受け売りだよ!? ほらヒーロー物はやっぱ人生のバイブルだろ!?」 やけっぱちで弁解する。あー、すっげぇ恥ずかしくなってきた。 「はいはい…」 ジェネシスのこちらを見て笑うその瞳が優しい。やめろ、オレをそんな暖かい目で見るな。 誰かオレを埋めろ。 「では…明日へ希望を繋ぐ為に、行きましょう!」 ジェネシスの呼びかけに屋敷の方を見る。屋敷は既にその威容を目の前に現していた。 薄暗い雑居ビルの一室、サーバー一台とPCが三台並ぶだけの殺風景な室内。 PCにはそれぞれ男達が張り付いてなにやら作業を行なっている。 その表情を一言で言えば…焦燥感。 「どうだ、神姫共は全員捕まえたか?」 ドアを開け、やさぐれた風貌の男が入ってくる。作業していた一人が慌てて腰を上げ。 「ア、アニキッ!それどころじゃねぇんですよ。見覚えの無い神姫が何時の間にか居て、 捕縛プログラムをどんどんブッ壊してるんですよ!」 「ああ?そういうのは登録の時に入れない設定になってるって、ブローカーが言ってた だろうが!テメェ、掴まされやがったな!?」 「ひっ!?いや、そんな事ねぇですよ!コイツ、昨日はいませんでしたって!」 「外から入ったってのか!?アレか、ハッカーってヤツか?どんなヤロウだ」 画面内を駆け回るのは銀色の神姫。アニキと呼ばれる男はユーザー情報を閲覧する。 >Type:WAFFEBUNNY >Name:Genesis >User:G 「…Gだと!?こいつ…あのGか!?って事はコレがウワサのE.Sか!?畜生!!」 「アニキ、コイツ何なんです?」 モニターとアニキと呼ばれるおそらく主犯の男とを交互に見詰める男。 「神姫犯罪が流行りだした頃、どっからともかく現れた自警団気取りのイカレ野郎だよ。 ブローカーから聞いた事がある」 唸るように低く呟く男は、続ける。 「コイツに目をつけられたヤツは必ずヒドイ目に合ったそうだ。神姫にしても コンピュータにしても、とんでもねぇ腕をしてていくつもの連中が被害にあってるって 話でな。神姫犯罪を嗅ぎ付けちゃ、幽霊みたいに現れるって話だ」 男達が話している間にも、銀のヴァッフェバニーは次々とプログラムを破壊していく。 「場合によっちゃタイプ名の後にE.Sって名前がついててな。なんちゃらストライクだか そんな名前だとよ」 「どういう意味か聞いたらよ、その中国人ブローカー漢字で見敵必殺と書きやがった。 笑えねぇ」 舌打ちし、憎々しげにモニターを見詰めて叫ぶ。 「おい、サーバー操作してとっととコイツを弾き出せ!」 「それが、さっきからやってんですけどサーバーをコントロール出来ねぇんですよ!」 「ああっ、畜生!」 部下の男の悲鳴に近い報告を聞き、主犯の男は近くの椅子を力任せに蹴り飛ばす。 追い出せないなら…後は潰すしかない。このままじゃ折角の儲け話がパーだ。 「くそ、こうなったらオレがあのGをブッ殺してやらぁ!例の神姫、使えるな!?」 「あ、へい!言われたとおりにやっときました!」 「よっしゃ…裏稼業でも音に聞こえた神姫のデータだ。強い神姫に目が無い金持ち連中に なら100万…いや、1000万単位でも売れるかもしれねぇ」 男が思考を切り替える。そう、こいつはチャンスだ。こないだも鶴畑とかいう金持ちが 大金積んだとかを自慢してるヤロウを苦々しく見てたが、今度は俺の番ってワケだ。 大金に目を輝かせる男達は、反撃の準備を始める。 「さぁ、儲けさせてくれよ…見敵必殺の武装神姫さんよぉ…」 下卑た男の笑いが、埃っぽいワンルームに低く響いていた。 屋敷内に無数に仕込まれたファイヤーウォールを破壊しつつ、先を急ぐ。 「皆の気配を感じるにゃ!こっちにゃっ!」 興奮気味にしっぽを揺らしながら走り抜けるリィリィに誘導される形で、 ジェネシスが続く。 「ここにゃ!」 叫ぶリィリィが大きな扉を開け放つ。中には不安そうな顔の武装神姫… おいおい、30ぐらいいないかコレ。 「皆、助けに来たにゃ!早く逃げるにゃ!」 わっと歓声を上げる神姫達。リィリィに先導される様に駆け出して行くその殿を ジェネシスが務める。 「マスター…抵抗が少な過ぎませんか?敵方の神姫が一体も出てこないというのは このテの犯罪としてはどうも…」 周囲を警戒しつつ、不安を煽らないように小声で問うジェネシス。 確かに、色々嫌な予感はしていた。 予想は色々出来るが…出来れば外れて欲しい。杞憂であって欲しい。 そういうのに限って当たるんだが。 「リィリィの方を警戒だ。門を開けたら、なんて事にならないように」 「了解」 大きな正門はもうそこまでという所まで来ている。ジェネシスがトリガーロックを外し、 そちらを注視した。 こちらの不安を知ってか知らずか、大きな声でリィリィが叫ぶ。 「開けるにゃ!」 ゆっくりと音を立てて開くその扉の向こうには…曇天が広がるばかりだった。 取り越し苦労か?いや…突如始まる地鳴りが不安を肯定する。地を割って現れたのは 今までとは明らかに異質な敵…神姫だった。 ストラーフの腕を無数に繋げていったようなその姿は、龍のようでもあり、 百足の様でもある。尾部には巨大なブレード、頭部は…その巨大さから良く見えないが 大きな目と爬虫類のような顎から覗く牙が伺える。 「私がやります!リィリィさんは皆を守って!」 ジェネシスが前に出る。確かに、とても普通の武装神姫が戦える相手じゃない。 「解ったにゃ!」 ジェネシスと入れ違いに下がるリィリィが、神姫達とジェネシスの間に入り、 神姫達を守るように立つ。 どうにも嫌な予感がして一声掛けようとしたその時。一瞬、ジェネシスの視界から見た リィリィの背後の神姫達。 ─その表情が消えていた。 「リィリィ!危ない!」 反射的に叫ぶ。だが…オレの叫びと、リィリィが背後のハウリンタイプにその身体を 貫かれるのはほぼ同時だった。 「リィリィさん!」 ジェネシスがハウリンにぶちかましをかけ、リィリィを抱いて上昇する。 地上には操られた神姫達、そして空にはこちらを睨みつける巨大な異形の神姫の頭。 それらと距離を取り、リィリィを安全な場所へ降ろすべく飛ぶ。 「にゃ…どうしたにゃ…痛いにゃ…体が、動かない…にゃぁ…」 「喋らないで…!」 苦痛に歪むリィリィの声を、心配そうなジェネシスの声が遮る。 「みんなは…どうしたのにゃ…?」 「操られています…おそらくウイルスによって」 逃走中の様子に不自然な点は無かった… とすれば、任意で起動する洗脳プログラムだろう。 …その可能性は充分考えられたのだ、罠を感じた時から。 過去にそんな経験が無かったわけでもない。 だが、リィリィにそれを告げる事がどうしても出来ずに、頭のどこかで可能性を 否定していた。 彼女が必死に守る、そんな仲間に気をつけろとは言えなかった。 「すまん、リィリィちゃん…オレが気をつけていれば」 「マスターさんの…せいじゃないにゃ…」 リィリィの微笑みに首を振り、言葉を続ける。 「いや、こんな事もあるかもってさ…心のどこかじゃ考えてたんだ」 「…言えなかったけどな」 不甲斐なさを噛み締め、彼女に謝罪する。 「解ってるにゃ…リィリィが、悲しい思いをしないようにって…言えなかったにゃ…? ありがとにゃ。悪くなんて…無いにゃ…」 何もいえない…言葉に詰まるオレを、ジェネシスが叱責する。 「マスター、私達は何ですか?ここで折れてはならない、負けてはならない。 正義は勝たなければならない」 「勝利する者が正義じゃない。だが、正義を語る者に負けは許されない。 諦めないから、正義は死なない。でしょう?」 …ジェネシスの言葉が、胸の奥を燃やす。そうだ、オレは…やらなきゃならない。 凹むのは、店長稼業だけで充分だ。 「…助けるぞ、全員だ」 「勿論です」 「にゃ。ファイトにゃ…おねーさんはつっよいにゃ…信じてるのにゃあ…」 力なく微笑むリィリィに頷き返す。 「しばらく眠っていて。目覚めた時には貴女は…貴女のマスターのお家に帰ってる。 約束します」 「うん、楽しみ…にゃ」 データ破損状態のまま活動するのは危険な事だ。セーフティが働きスリープモードに 移行したリィリィを丘に降ろし、こちらへ迫る神姫達を見る。 「ここが正念場だな」「はい」 気合を入れたジェネシスが、曇天の空へ飛翔した。 NEXT メニューへ
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2387.html
キズナのキセキ ACT1-6「招かれざる客」 ◆ 店の入り口から入ってきたその客に、最初に気が付いたのは、安藤智也だった。 火曜日の夕方、学校帰りのゲームセンターは、安藤にとってもはや習慣である。 平日は安藤とLAシスターズ、そして大城というメンバーが集う。 そう言えば、この週末は、遠野と菜々子が来なかった。実に珍しい。 大城が二人と連絡を取ろうとしたが、出来なかったという。 何かイヤな予感がする、と表情を暗くしたのは八重樫美緒であったが、 「二人で遠くにデートにでも行ってるんじゃない?」 などと、江崎梨々香は明るく言った。 少し心配ではあるが、二人にもそれぞれ事情があるのだろう。安藤はそう思った。 ゲームセンターは今日も盛況だ。 安藤が所属しているチームのメンバーも、こぞってバトルをしている。 一戦終えた安藤は、いつも遠野が定位置にしている壁に背をつけた。 隣には大城大介がいる。 彼は安藤とはまったく違うタイプの男で、歳も上であったが、なぜか気を許せる人物だった。 二人並んで缶コーヒーを飲みながら、バトルを観戦している。 そんな時、くだんの客が入ってきたのに、安藤は気が付いた。 落ち着いた色のコートと、えんじ色のベレー帽を身につけた女性。 かすかな微笑を浮かべたその美貌に、安藤でさえ、はっとさせられる。 手には、黒鉄色のアタッシュケース。神姫マスターか。 彼女はゆっくりとこちらへやってくる。 「大城さん、今入ってきた、あのお客……」 「ん? どの客だ……って、うほ!」 大城はあっと言う間に相好を崩した。この男、美女に目がない。 安藤は思わずため息をついた。大城に注意を促したのは、目をハートにさせるためではないのだが。 その女性を安藤は見たことがなかった。大城は知っているかと思って声をかけたのだが、 「何かお困りですか、お嬢さん?」 などと妙に格好つけた声で話しかけているところを見ると、どうやら知らない顔らしい。 その女性は、安藤たちの近くまでやってくると、うっすらと微笑んで、言った。 「ここに、久住菜々子は来ている?」 予想外の問いに、安藤も大城も、一瞬反応できない。 二人は顔を見合わせた後、大城が答えた。 「菜々子ちゃん? 今日は……というか、ここんとこ来てねえけど……」 「そう……残念ね」 「君は、菜々子ちゃんの知り合いかい?」 「ああ、ごめんなさい……わたしは桐島あおい。菜々子の昔なじみです」 名乗りながら、鮮やかに微笑む。 安藤はその笑顔に、一瞬、違和感を感じた。 なんだろう。おかしなところなど、何もないはずなのに。 「俺は大城大介」 「安藤智也です。菜々子さんとはチームメイトです、二人とも」 「チーム? あの子が?」 「そうさ! 久住菜々子所属のチーム『アクセル』と言えば、ここらじゃちょっとは知れたチームなんだぜ?」 桐島あおいと名乗った彼女は、とても驚いた様子だった。 菜々子さんがチームを組むことがそんなに意外だろうか。菜々子は社交的な性格だし、チーム結成を言い出したのも菜々子の方からだと聞いている。 昔の菜々子は、もっと違う性格だったのかな、などと安藤は思った。 「チーム『アクセル』ね……結構強いの?」 「そりゃあ強いさ。『エトランゼ』のミスティは説明はいらないよな。俺の虎実はこのゲーセンじゃランキングバトルのチャンプだし、この安藤とオルフェだって、バトル歴は浅いけど、結構な実力なんだぜ?」 「へえ……」 「まあ……チームリーダーが勝負にあんまりこだわらないってのが、困りものなんだが」 「勝負にこだわらない……?」 「ああ。遠野って男なんだが、驚くほど勝負に欲がないんだよなぁ。試合内容重視っつーか」 そのとき、あおいがまた、鮮やかに微笑んだ。 「だったら、わたしとバトルしません?」 「君も神姫マスターなのか?」 「ええ、もちろん。菜々子と知り合ったのも、武装神姫が縁なの」 「そりゃいい。菜々子ちゃんの昔なじみなら大歓迎だぜ」 しかも美人だし、と大城は付け加えた。安藤は苦笑する。大城さんは相変わらずだ。 ここで、大城の肩にいて話を聞いていたティグリース型の神姫が、桐島あおいに呼びかけた。 「おい、あんた……桐島あおい、だったっけか?」 「ええ。なに?」 「バトルすんのはかまわないけど、あんたの神姫は?」 「ああ……そうね、先に紹介するわ。出てきて、マグダレーナ」 あおいはアタッシュケースを取り出すと、取っ手のボタンを押した。 重い音を立ててケースが開く。 虎実は見た。 そこに佇むのは、闇のように真っ黒な神姫だった。 「……ハーモニーグレイス?」 塗装が微妙に違っているが、修道女をモチーフにした武装神姫・ハーモニーグレイス型に間違いない。 不機嫌そうな表情で、虎実をねめつけている。 「敵と慣れ合う気は、さらさらないのだがな」 ひどくしわがれた、老婆のような声。 なんだ、こいつは……。 通常のハーモニーグレイス型のような明るさ、愛想の良さなど、まるでない。 虎実は得体の知れない不気味さを、マグダレーナと名乗る神姫から感じていた。 虎実は警戒する。しかし、 「こんな美人とお近付きになれるとは、武装神姫様々だなぁ」 彼女のマスターはまったく緊張感がない。 虎実は怒り狂いたいのをこらえつつ、大城にだけ聞こえる声で囁いた。 「アニキ」 「何だよ、また妬いてんのか?」 「ばっ……! ちげーよ! ……まさかアニキ、相手を見くびってないだろーな?」 「まさか。菜々子ちゃんの昔なじみってんなら、気が抜ける相手じゃねーっての」 鼻歌交じりでそう言う大城の言葉は、まったく説得力がない。 ハーモニーグレイスと言えば、チームの少女たちの神姫と同様、武装を簡略化して低価格化を実現したライトアーマー・シリーズの一体だ。 戦闘力自体は、フル装備の武装神姫がおそれるほどではないが、ゲームセンターで戦うときには、油断は出来ない。 どんなカスタマイズが施されていても、おかしくはないのだ。素体がライトアーマー・シリーズでも、武装が要塞並ということだって、ないとは言えない。 だが、マグダレーナというこの黒い神姫の不気味さは、そんなことではないような気がする。だが、具体的に言葉に出来ない。 我がアニキのなんたる空気の読めなさ。 虎実はため息をついた。 ◆ ステージは「廃墟」が選択された。 虎実にとっては得意のステージである。 ティアやミスティと、何度もここで戦った。一番経験のあるステージである。 虎実は、高速タイプに組み替えた「ファスト・オーガ」に乗っている。 このファスト・オーガを手足のように操る操縦技術、それこそが虎実最大の武器であった。 虎実は砂埃舞うメインストリートを疾駆している。 相手がノーマルのハーモニーグレイス型なら、ライトアーマー・クラスの軽装備のはずだ。その場合、路地などに隠れながら様子をうかがうのが定石である。 それをおびき出すために、わざと目立つように走っているのだ。 小細工は虎実と大城が得意とするところではない。 自らを囮にして、一気に勝負を決める。 虎実は前方を注視する。 いた。 あの黒く不気味な修道女型。 特別な装備は、腰を取り巻くスカートアーマーくらいだろうか。手にしたキャンドルと十字架型のマシンガンは、ハーモニーグレイス型のデフォルト装備である。 虎実は気にせず、アクセルをふかし、一気にマグダレーナに迫った。 機首に取り付けたバルカン砲を撃つ。 マグダレーナがさらりとした動きでかわす。 しかし、砂煙と銃痕で動きは制限された。 ファスト・オーガでそのまま挽き潰すべく、突っ込む。 手応えは、ない。 マグダレーナは虎実の突撃を、紙一重でかわしていた。 だが、甘い。 マグダレーナの目前を通り過ぎた刹那、虎実は上体を上げ、ファスト・オーガの機首を持ち上げると、突進の勢いを回転に変えた。 フローティングユニットを軸に、コマのように回転する。 「吹き飛べっ!!」 バットのように振り出された機首が、マグダレーナに迫る。 虎実は確信する。この奇襲はかわせない。 だが、マグダレーナには慌てた様子もない。 ファスト・オーガの一撃が迫る。 「こうか?」 一言発し、マグダレーナは地面に身体を投げ出すように身体を傾けた。 地面スレスレまで身体を倒し込みながら、スライドするように飛ぶ。 頭上を、エアバイクの機首が駆け抜けた。 「なっ……ばかなっ!!」 再びファスト・オーガの機首が回ってきたときには、マグダレーナはその回転範囲から逃れていた。 今の回避方法を、虎実は知っている。 ビッテリーターン。 スキーのターン技術の一つだ。 ティアと初めて対戦したときに、彼女がかわすのに使った。 その技を、どうしてこの神姫が使う!? 得意の奇襲がかわされたことより、そのことに驚きを隠せない。 回転を立て直し、虎実はマグダレーナと対峙する。 マグダレーナはすでに立ち上がっていた。口元に不気味な笑みを浮かべて。 虎実は寒気に襲われた。 本当に、得体が知れない。 そんな思いを振り払うべく、虎実はバルカン砲を放った。 「おおおおおおぉぉっ!!」 吼える。 近距離からの弾丸の雨。ライトアーマー・クラスの装甲では持ちこたえることは不可能だ。 はたして、マグダレーナは宙にいた。 一挙動でジャンプし、砂煙から飛び出して、虎実の頭上を越えようとする。 マグダレーナは空中で虎実を狙い撃った。 しかし、虎実もそれは察知している。 その場でファスト・オーガを最小半径でターンさせ、射線をはずした。間髪入れず、アクセル・オン、エアバイクをダッシュさせる。 狙いは、マグダレーナの着地点。 黒い修道女は、ふわり、と宙を舞い、着地した。 やはり、あのスカートアーマーは装甲だけではない、特殊な装備のようだ。 再び向かい合う両者。 虎実も走りながら、大剣「朱天」を抜いた。身の丈ほどもあるこの剣は、ティグリース型のデフォルト装備である。それを片手で軽々と振る。 視界の中のマグダレーナが迫る。 彼女もまた、手にしたキャンドルを武器に選んだ。短い柄のついた三本のキャンドルの先から、光の刃が現れる。ライトセイバーの三つ叉槍。 「だあああああぁぁぁっ!!」 虎実の気合い声に対し、マグダレーナは無言。 高速ですれ違う瞬間、二人は同時におのが武器を振り抜いた。 はたして、虎実の大剣に手応えはなく、ファスト・オーガはフローティングユニットの接続部から真っ二つに断たれていた。 「う、わあああぁっ!?」 動力を失い、虎実を乗せたファスト・オーガの前半分がつんのめるように地面に接触した。 転倒し、虎実は地面に投げ出される。 「くそ……」 「朱天」を手に立ち上がろうとしたその時、黒い影が立ちはだかる。 マグダレーナ。 その闇のように黒い影は死神のように、虎実の瞳に映った。 三つ叉のビームランスを構えている。 それでも、虎実が立ち上がろうと勇気を振り絞った。 しかし。 「その魂、しばらく預かるぞ」 ためらいもなく、三つ叉槍が振り下ろされる。 マグダレーナの一撃は、虎実の身体を貫いた。 「ぐあああぁぁ……っ! ……あ……」 虎実の瞳から光が消える。身体から力が抜け、地に伏した。 バトルはマグダレーナの勝利で幕を閉じた。 この時は、まだ誰も、異常に気が付いてはいなかった。 ◆ 「虎実!? おい、虎実、どうした! おいっ!」 大城の必死の呼びかけにも、虎実が応じる気配はなかった。光の消えた瞳を開いたまま、大城の手のひらの上で、力なく横たわるばかりだ。 試合終了後。 アクセスポッドが開いても、虎実は身じろぎ一つしなかった。 大城は不審に思う。いつもなら、試合終了後に真っ先に飛び出してきて、口げんかが始まるのが常だったからだ。 大城はアクセスポッドをのぞき込む。 虎実はいる。 だが、何を言っても、触れても、何の反応も示さない。ただの人形になってしまったかのように。 大城は筐体の向こうを睨みつける。 えんじのベレーをかぶった神姫マスター。 桐島あおいは、穏やかな微笑みを浮かべていた。 「おい、お前……虎実に何をした!?」 大城の大きな声を聞きつけて、周りから神姫マスターたちが集まってくる。 それでも、桐島あおいは慌てる様子を見せない。 「大丈夫。虎実のAIを少し借りただけ。目的を果たしさえすれば、すぐに返すわ」 「AIを、借りた……?」 その不思議な物言いに、大城は首を傾げる。 神姫のAIを借り出すことなど、可能なのか……。 いや、一つ思い当たる節がある。 「AI移送接続ソフト、か……?」 「よく分かったわね」 「なんだって……そんなことをしやがるっ!?」 知らないはずがない。あの時のことを、忘れられるはずがない。 以前、このゲームセンターで、同じようにAI移送接続ソフトを使い、遠野とティアを大ピンチに陥れた奴がいた。 神姫のAIを取り出し、別のサーバーへと送る一種のウィルスソフト。それがAI移送接続ソフトだ。 もちろん、あの事件以来、そうしたウィルスソフトへの対策はしている。 しかし、今のバトルでは、そんな対策も意味を成していなかったようだ。 怒りに猛る大城は、そのことに気付く余裕もない。 拳を握りしめ、回答次第では殴りかからんと、怒りにたぎっている。 あおいは涼しい顔で、答えた。 「わたしのお願いを聞いてもらいたかったの。それを聞き届けてくれれば、虎実のAIはすぐに返すわ」 「なんだとぉ……?」 大城は、桐島あおいに足早に歩み寄ると、強引に胸ぐら掴もうと手を伸ばす。 「そこまでだ、大城大介」 しわがれた声が警告を発した。 あおいの肩にいる神姫が、こちらに向けてマシンガンを構えている。 大城は動けなくなった。 目を見開いて、銃口を見つめるしかできない。 まさか、神姫が人間に銃を向けるなど……常識ではあり得なかった。 大城の背中に冷たい汗が流れてゆく。 「あおいに手を出したら、貴様もただでは済まん」 「イリーガルかよ……」 「どうとでも呼ぶがいい。あおいの話を聞かぬ限り、虎実のAIは戻らんぞ」 あろうことか、この神姫は自らイリーガル……違法神姫であることを肯定した。 百戦錬磨の大城さえも、向けられる銃口にひるみつつあったその時、 「あんた、菜々子さんの師匠だろ? それなのに、イリーガルなんか使って……恥ずかしくねぇのかよ!」 果敢に声を発した少女がいた。 背が高く、少年のような雰囲気の美少女は、園田有希。久住菜々子の弟子を自称している。 「桐島あおいさん……あんたのことは、菜々子さんから聞いてた。菜々子さんの目標とする神姫マスターだって……。 なのに、イリーガルを自分の神姫にして、ウィルスソフトを使ってバトルして……何やってんだ、あんたは!!」 「元気がいいわね、菜々子の弟子は」 「んなこた、どーでもいい! 虎実のAIを返せよ!」 「いいわよ」 「へ?」 有希は間抜けな顔であおいを見た。 桐島あおいは、有希の剣幕にも動じず、柔らかな笑みを浮かべるばかりだ。 「わたしは何も、虎実のAIを消したいわけじゃないわ。なんだったら、わたしたちと勝負してみる? あなたが勝てば、すぐに虎実のAIを返してもいい」 「おもしれー」 腕まくりする有希のその腕を、八重樫美緒が押さえた。 「待って。冷静になりなさい。負けたら、カイのAIだって奪われるかも知れないわ」 「黙ってろよ、美緒。自分の師匠がこんなんじゃ、菜々子さんだってたまらねーだろ。あの人に知れる前に、あたしがオトシマエつけて……」 「あら、菜々子ならもう知ってるわよ」 口を挟んできたあおいの顔を、有希と美緒は見つめた。 「このあいだ、あの子を負かしたばかりだもの」 「なっ……!?」 チームのメンバーだけでなく、その会話を聞いていた『ノーザンクロス』の常連は皆絶句した。 『エトランゼ』のミスティはこのゲーセンで圧倒的実力を誇る神姫として認知されている。 その彼女が敗れた。 ということは、このゲーセンに集う神姫では、マグダレーナにかなわない、ということではないか。 マグダレーナは周囲の様子を見ながら一笑する。 「ミスティが敗れたと知って、気後れしたか?」 「く……」 「ならば、二対一でもかまわんぞ?」 「……それは本気?」 有希の背後から声がした。チームメイトの蓼科涼子である。 涼子は有希の隣に並び、マグダレーナを睨む。 その鋭い視線を、マグダレーナは悠々と受け流した。 「本気だとも。二人がかりで来るがいい」 「その言葉、後悔させてあげるわ」 「ちょっと……涼子!?」 慌てたのは美緒である。 有希だけでなく涼子まで、危険なバトルに挑もうというのか。 「あなた、わかってるの? 涼姫だってAIを奪われるかも知れないのよ?」 「かもしれない、でしょう? 涼姫とカイのコンビなら、虎実にだって……『エトランゼ』のミスティにだって、後れは取らない。美緒だって分かってるはずだわ」 そう言って、涼子は有希と視線を合わせた。二人は不適に笑い合う。 いつもはもっとも身近なライバル同士だが、コンビを組めば『ノーザンクロス』でも指折りの実力になっていた。 それは美緒もよく知っている。 しかし、それでも危険な賭けだと思う。 美緒はどうしても、マグダレーナという黒い神姫から警戒を解くことが出来ないでいた。 あの神姫には何かある。遠野さんなら、今のバトルを見たら分かっただろうか。 「どうした、話はまとまったか?」 老婆のようにしわがれた声が呼ぶ。 美緒は有希の腕から手を離した。 有希と涼子は頷くと、黒い神姫とそのマスターに向かい合った。 「虎実は返してもらうぜ、マグダレーナ」 「わたしたち二人を相手に、勝てると思わないことね」 自信たっぷりの二人に、美緒はただ、無事を祈るだけしかできなかった。 ◆ 大城はマグダレーナに、もはや畏怖すら感じていた。 バトルが始まってもう五分以上が経過していたが、二人の神姫を相手に、マグダレーナはダメージどころかかすり傷一つ負わずに、二人の攻撃をさばき続けていた。 園田有希のカイは、ストラーフ装備に加え、ヴァローナの鎌を持った重装備。 蓼科涼子の涼姫は、装備こそライトアーマー級だが、ワイヤーを使ったアクションは独特の機動で、初見の相手なら翻弄されることは確実だ。 対して、桐島あおいのマグダレーナは、先ほどと同様、スカートアーマー以外はノーマルのハーモニーグレイス型と変わらない軽装備に見える。 涼姫が翻弄し、カイがプレッシャーを与える。 この二人の組み合わせは、ティアとミスティのコンビによく似ていた。 二人の息が合っていれば、並の神姫では太刀打ちできないほどの実力が発揮される。 ましてやこのバトルは二対一。カイ&涼姫のコンビが圧倒的に有利だ。 しかし、マグダレーナは悠然とバトルに望んでいる。 マグダレーナは、攻撃を受け止めることをあまりしない。ほとんどかわしてみせる。 ある意味、ティアに近い戦い方と言えるが、その様子はまるで違っているように、大城には思えた。 ティアは攻撃を察知し、持ち前の機動力で回避する。 マグダレーナの動き出しはティアよりも早い。余裕を持って動き、攻撃範囲外へするり、と移動する。 まるで、何の攻撃が来るのか、事前に察知しているかのように……。 カイがマグダレーナを攻める。得意の近接攻撃は、手数で明らかにマグダレーナを上回る。 しかし、そのことごとくをかわされる。 カイはそれでも手を出し続ける。こいつを自分一人に引きつける。そうすればチャンスが回ってくる。 「はあっ!」 鎌を横に大きく振るう。 とっさに大きく間合いを取るマグダレーナ。 その瞬間、カイの背後を小さな影が追い抜いた。 涼姫が音もなく飛来し、マグダレーナに襲いかかる。 振り子のような独特の軌道と無音の飛翔は、涼姫の真骨頂である。 息もつかせぬ奇襲に、涼姫は成功を確信していた。 しかし。 「えっ?」 カイの背後から飛び出したとき、マグダレーナは地上にいなかった。 目標を見失い戸惑う涼姫の上空に影が差した。 上を仰ぎ見るより早く、涼姫は支えを失い、空中に投げ出された。 「きゃああぁぁっ!?」 無様に地面に転がり落ちる。 廃墟のビルを掴む左手から伸びたワイヤーが切断されていた。 背面跳びのように涼姫とカイを飛び越えたマグダレーナが、すれ違いざまにワイヤーを切ったのだ。 大きく跳ねたマグダレーナは、涼姫の視線の向こうで、着地しようとしている。 しかし、これはカイにとって好機。 短く跳ねて、反動を膝にためる。振り向きながら、膝をのばし、パワーを開放して突進した。 これぞミスティ直伝の必殺技、リバーサル・スクラッチ。 「うおおおおおぉぉ!!」 雄叫びをあげながら突進する。 相手は今着地。そして、あろうことか、こちらに向けて前に出た。 正気か。 リーチも速度もパワーも、こちらが上だ! カイはためらわずに攻撃を繰り出した。 右副腕の爪で裂く。マグダレーナは姿勢を低くして避ける。 左副腕のバックナックル。上体をスウェーさせて回避。 まだ終わらない。 カイは、右下に構えていた鎌を、超速度で斜めに振り上げる。 カイ・オリジナルのリバーサル・スクラッチ三連撃! しかし。 「なっ……!?」 カイは鎌を振り上げることが出来なかった。 さらに一歩踏み込んだマグダレーナが、手にした十字架型の銃器「クロスシンフォニー」で鎌の柄を止めていた。 両者は止まらない。 すれ違うその瞬間、マグダレーナはカイの胸に、ビームトライデントをたたき込んだ。 カイは驚愕の表情のまま、その攻撃を受ける。 そして、瞳から光が失われた。 「カイッ!!」 叫びともに、涼姫は残った右手を撃ち出した。 目標はマグダレーナ。こちらに背を向けている。それは涼姫最大のチャンスだった。 マグダレーナは動いた。 かわさずに、振り向かずに、持っていたマシンガンの銃口のみを背後に向け、涼姫の右手を狙い撃った。 乾いた音を立て、右手がはじかれる。 目標を掴めなかった武装手が地に落ちる。 「そんな……」 呆然とした涼姫の虚を突いて、マグダレーナが振り向く。 地面スレスレを飛翔し、滑るように涼姫に向かってくる。 カイに刺さったトライデントを抜き去り、正面に構えて突進してくる。 涼姫はブレイクダンスのような動きで、頭を下に回転しながら、その攻撃をかわそうとした。 旋回する両脚に隙は見えない。 だが、刹那の間隙を縫って、マグダレーナは三つ叉槍を突く。 涼姫の旋回が止まった。彼女の身体は、三つ叉槍によって、地面に縫い止められていた。 そして、涼姫の瞳から光が奪われる。 ジャッジが無慈悲にも、黒い神姫の勝利を確定した。 マグダレーナの完勝。二人の神姫を相手にかすり傷一つ負わないままでの勝利だった。 「こんなやつに……どうやって……勝つってんだ……」 大城は呆然とそう呟くしかなかった。 ◆ 「しょせん、リーダーが内容重視などとのたまうチームよ。この程度のレベルも当然か……」 マグダレーナの物言いに、誰も口を挟むことは出来なかった。 ミスティ、虎実、カイと涼姫のコンビに完勝できる神姫など、『ノーザンクロス』にはいない。 「……で、そっちの要求は、なんだ」 大城は固い声で言う。 彼女の要求を飲む以外に、三人の神姫のAIが戻ってくることはない。 大城はそう言う他なかった。 有希と涼子も表情を堅くして、桐島あおいとマグダレーナを見ていた。 あおいは満足したように頷くと、変わらぬ微笑を浮かべたまま、大城に答えた。 「菜々子をわたしのところまで連れてきて。わたしともう一度バトルするようにって……そう伝えて」 次へ> Topに戻る>
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/1790.html
無頼10「インターミッション」 「たこ焼8個入りに…たいやき2つ」 今日で夏休みも終わる。 何だかんだでいろいろあったここ最近。 思えば、6月上旬にヒカルが来たんだよなぁ…。 はじめは"神姫に対してあまりいい印象が無かった"。 なぜかって? 世のニュースは頭の固いコメンテーターが言いたい放題言ってやがる。 興味のない事は聞き流す事にしているとはいえ、これは物語初期の考えを決めつけるものとなった。 そう、神姫はあまり好きじゃなかった。 …でも、ヒカルと過ごす内に、その考えは変わっていった。 "たとえサイズが違い、機械仕掛けでも、神姫は人間と同じ"と思うようになった。 そしてジーナスも加わり、今に至る。 「形人、どうしたの?」 「いや、なんでもない」 ちょっと心配そうな顔でヒカルがこちらを見る。 こいつも始めのころに比べて、ずいぶん凛々しくなったなぁ…。 気のせいだと思うが。 ~・~・~・~・~・~・~~・~・~・~・~・~・~ 近くのベンチに座り、たいやきを取り出す。 「うぐぅ」が口癖の少女が通る訳もなく、生暖かい風が吹くだけである。 「形人…(きらきら)」「はいはい、たこ焼きだろ?」 たこ焼をヨウジごと渡す…が、ウェットティッシュの類は持ってきてないぞ? 「では、いただくか」 あの店のクリームたいやきはうまいんだよなぁ。 ではあー… ぶぅぉんんん…!(ひゅん!)「ひゃっ!?」 「何だッ!?」 「わたしのたこ焼き…あ!、あれ!」 ヒカルが指差した方向に佇む小さな影。 流線形を描くカウル、上から見るとAの字に見える特殊形態。 そして真紅のボディに胸元があらわなボディスーツの少女。 オーメストラーダ製ハイスピード型武装神姫、"アーク"だ。 そいつがヒカルのたこ焼きををかすめ取ってったのだ。 「へっへーんッ。…あむっ」 予想はついていたが、コイツ…食べ始めやがった。 「ああーっ!? わたしのたこ焼きーッ!?」 「ケチケチしなさんな、あと7つもあるじゃないか」 「至福の時を邪魔されたのに腹が立つんだこの野郎ッ…!!」 ヒカル、口調が変わってるぞ。もしかして素か? 「こらリック! 何をしてんだ!…あれ?」 「!!」 声のする方を振り向く。…が、そこで僕はしばし硬直した。 「あ…あれ…? 君はもしや…」 癖のある紅髪、それをポニーにしている黒いリボン。 つりあがった眼尻に、首から下げられた羽ペンダント…。 黒服に身を包んだその姿に、僕は見覚えがあった。 「…け、形人か…?」 「…ひ、飛竜。飛竜一深(ひりゅう かづみ)か? もしかして…」 その直後彼女に体当たりをされ、一瞬意識が飛んだ。 ~・~・~・~・~・~・~~・~・~・~・~・~・~ 「いやぁ、ホントに久しぶりだなぁ…!」 「だからっていきなり気絶しかねん勢いでぶつかるな」 「いーじゃないのさ、そのくらい」 ここで紹介をしておこう。 彼女は"飛竜一深"、…小学校時代の親友だ。 「…その表現、"恋人"に格上げして…くれないかな?」 「「!!?」」 さらっとすごい事を言われた。 クラっとくる言葉を自重なしで言い放つのは昔からだが…、まさかそんな事が…。 「念のため聞くが、それは冗談だよな?」 「いや…本気で言ってる」 「マジで?」 「マジ」 ………どうしよう風間、こんな事は予想外だ。 「ねぇ! 何故わたしのたこ焼きを狙ったの!?」 "リック"の襟元をつかみ脅迫まがいに問い詰めるヒカル。 「いやさぁ、ただからかっただけじゃないの。何もそこまでムキにならなくても…」 目をそらすリック、ほんの出来心がここまでひどくなるとは思ってなかったのだろう。 「…で、どこの高校に行くんだ?」 「画龍高校1年A組」「僕んとこかよ!?」 信じられん、何か仕組んだか? 「そんな訳ないじゃん」 ~・~・~・~・~・~・~~・~・~・~・~・~・~ 「んじゃ、また明日」「たこ焼美味しかったよ~」 そう言って嵐(一深)は去って行った。 「形人…、あの人って…」 「自称・恋人、か…。頭いてぇ…」 「いいではないか! 押しかけ女房は萌えるぞ!!」 「ってなんでお前がいる光一!!?」 「通りかかったら偶然見つけて、おどかそうと隠れていたらだな…」 そうゆう問題かっ!? ていうか、何を言ってるんだお前は? 「にゃ~はたいやき食べたいにゃ」 「そういえば忘れてた…(呆)」 流れ流れて神姫無頼に戻る トップページ
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/1954.html
晴れた昼下がり。 特にやることもないのでボーッとしてるわたし。 「何ポケッとしてるの?」 横からわたしの顔を覗き込む人がひとり。 上へはね気味の髪型にはつらつとした表情。 「悩んでることがあったらすぐに私に相談しなさいっ…ごほっ」 胸を叩いて…勢いよく叩きすぎてむせてるこの人は天乃宮未来(あまのみやみらい)、わたしの一年先輩なの。 「でも…先輩は微妙に専門外なの、神姫ファイトの話だから」 「バトロンの事? …スィーマァちゃんの事ね?」 「はい…」 あれから敗北を重ね、後一敗で40連敗。 いまのスィーマァなら勝てる相手でも決着がつかない。 「うーん。…やっぱり精神的な問題じゃないかな?」 「やっぱりその結論に達しますの…」 一度も勝ってない(引き分けはある)となれば、自分のアイデンディティに疑問を持つのは当然。 しかも自分を負かす相手は必ずゲイトだ、自信が持てなくなるのはわかる。 「最低でも年度が変わる前に何とかしないと、下手したら思いつめて…」 その言葉を受けて怖い映像が頭をよぎる。 「ひゃーっ!? まずいよマズイのぉっ」 「慌てない。大事なのは「なにが得意かを気付かせる」って事かしらね」 スィーマァの得意なのこと? …うーん、ケーキの切り分け? 「駄目だこいつ…早く何とかしないと…」 「ひどいですよ先輩~!」 拳と拳がぶつかる。 …拳というより、鉄拳と言った方が適切か(材質的な意味で) 「右から踏み込まれた時の反応が遅い! 相手が拳を握った瞬間に手を出す!」 「ぐぅぅ…!」 アームとアームのぶつかり合い。 本来、機械腕による格闘戦を得意とするムルメルティア。だがスィーマァは正直、アーム戦が苦手であった。 「くぁっ!」 左アームでナァダの攻撃を受け流す…が 「右がガラあきになってるぞ」 ズシッ 「ぐぉふぅ……!?」 本体へ直接攻撃を受け、吹き飛ぶスィーマァ。 「すまん、強く叩き過ぎた」 反応はない、痙攣を起こしている。 「まずいな」 …… 「………う」 「気がついたか?」 右わき腹への鈍痛と共にスィーマァは目を覚ました。 「自動修復機能の許容範囲で良かった。もし限界を超えていたら腹を開かにゃならんしな」 「ぴっ!?」 自分の腹が開かれるのを思い浮かべ縮こまる。 「ふ…ふふ…」 「どうした?」 顔を伏せたまま笑うスィーマァ。 「…私って、ホントに駄目ですね……ふふ」 「おいおい…」 「生まれて一度も勝ったことのない、得意なはずの分野も苦手、オマケに戦意までうしなうなんて…」 ぽろり、ぽろりと零れ落ちる涙。 「私なんて…武装神姫失格ですね…」 ぽんっ そっと頭に置かれる手。 「みぇっ?」 ぱたん そしてそのままナァダの膝枕へ。 「…確かに、戦いの本質は勝つことにある。しかし勝つという気持ちが負けていれば勝てる戦いも勝てない、お前の状況はまさにそれだ」 「……」 「自分に自信が持てない者が勝てるはずが無い、…そのはずだ」 ふわりとした髪を撫でる。 「アーム戦がどうしても駄目なら、その発想を捨ててしまえばいい。ようは逆転の発想だな」 「……」 「…スィーマァ、どうした?」 「…すぅ…」 「何だ、寝てしまったのか。…まあ、話を聞いていたのならどうにかなるだろう」 ~・~・~・~・~・~・~~・~・~・~・~・~・~ 夜、具体的には午後11時05分。 かたっ 「すぴーっ…」 ひゅっ…がたん! 「むぅ……どうも寝苦しい…」 多分夕飯のコロッケが胃をムカムカさせてるんだと思う。 微妙な吐き気を催しつつ起き上がる…と、ここで机に目がいった。 ひゅっ ひゅっ 小さな影が素振りをしていた。 「スィーマァ」 「あ…!? すみません、起こしてしまいましたか?」 「んー、胸やけで起きただけだから違うの」 …そうだ、この際だから聞いてみよう。 「スィーマァ、あなた…ゲイトに勝てる自信ある…?」 それを聞き、少し黙った後。 「自身はないですけど、勝てる見込みは掴みましたよ」 あら、いつの間に? 「だから、ちょっと用意してもらいたい物がいくつか…」 「これで負けたら40連敗だな、古代」 「いちいち言われなくてもわかっているの!! そのテングっ鼻をへし折ってやるから!!」 嫌味で言ってるにちがいない、こいつは昔っからそうだったもん。 「さあ、さっさと始めようぜ」 …… リフトから対戦筺体へと進入してゆく神姫達。 そのデータと姿が液晶に映し出される。 ゲイトはスタンダートなチーグル+サバーカ装備。 対するスィーマァが携えるものは、拳銃ただ一丁のみであった。 「古代、遂にヤケでも起こしたのか?」 「そんな訳ないじゃないの、わたしはいつでも真剣に組んでるもの」 あまりにも自信が溢れているすすみを見 「…何を企んでいる?」 そう呟いた吹雪であった。 [battle start スィーマァVSゲイト] 特攻神姫隊Yチーム?に戻る トップページ